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令和5年度予備試験再現答案 刑法(A評価)

[設問1]

甲は、Xが寝ている小屋の出入り口扉を外側からロープできつく縛り、内側から同扉を開けられないようにしている。このことから、Xを「不法に」「監禁」しているとして、甲に監禁罪(刑法(以下、法令名省略。)220条)が成立するように思える。

もっとも、以下のような反論が考えられる。

監禁罪の保護法益は、「実際に移動しようと思った時に移動できる自由」である。本件においてXは、上記甲の行為が行われた午後5時5分頃から、ロープがほどかれる午後6時頃までの間熟睡しており、一度も目を覚まさなかった。そうだとすれば、Xは実際に移動しようとしておらず、保護法益に対する侵害が観念できないため、監禁罪は成立しない。

しかし、このような見解を採ると、被害者が実際に移動しようとしたか否かという偶然の事情によって犯罪の成否が左右されることになってしまい、不合理である。そこで、監禁罪の保護法益は、「仮に移動しようと思った時に移動できる自由(可能的自由・潜在的自由)であると解すべきである。

本件において、Xが寝ている小屋は木造平家建てで窓はなく、出入り口は上記扉1ヶ所のみであった。そうだとすれば、Xが同小屋から外に出る手段は、上記扉を使う以外になかったといえる。そのような状況下で、甲は上記の通り同扉を内側から開けられないようにしており、Xが仮に同小屋から外に移動しようと試みたとしても移動できない状況だったといえる。

そうだとすれば、監禁罪の保護法益に対する侵害は観念でき、また甲には故意(38条1項)も認められるため、監禁罪が成立すると解すべきである。


[設問2]

1. 甲が、眠っているXの上着のポケットからXの携帯電話機を取り出し自分のリュックサックに入れた行為(以下、「本件行為A」という。)について、窃盗罪(235条)が成立しないか。

本件において、甲は、Xの携帯電話機という「他人の財物」を、Xの意思に反して占有を自己に移転しており、「窃取」したと認められる。また、甲には窃盗の故意(38条1項)も認められる。

もっとも、窃盗罪の成立には、不可罰な使用窃盗や毀棄罪との区別の観点から、主観的構成要件要素として、不法領得の意思が必要である。その内容は、①権利者を排除して、他人の所有物を自己の物として、②その経済的用法に従いこれを利用・処分する意思であると解する。

本件では、甲はXに本件携帯電話機を返還する意思はなく、甲の窃取行為によってXによる本件携帯電話機の使用が困難になっているため、①は問題なく満たす。もっとも、甲は、親族等によるXの発見を困難にさせる目的で本件携帯電話機を窃取したのであり、本件携帯電話機を使用したり、売却して金銭を得ようといった意思はなかった。そうだとすれば、甲に不法領得の意思は認められないかに思える。しかし、甲は本件携帯電話機のGPS機能を利用しようと考え本件携帯電話機を盗んだのだから、経済的用法に従い利用する意思が認められると解すべきである。

従って、甲に不法領得の意思が認められるため、本件行為Aについて窃盗罪(235条)が成立する。

2. 甲は、Xの財布から現金3万円を抜き取って自分のズボンのポケットに入れている(以下、「本件行為B」という。)。本件行為Bについて、窃盗罪(235条)が成立しないか。

なお、本件行為Bについて強盗罪(236条1項)は成立しない。強盗罪は暴行・脅迫を手段とする犯罪であるため、暴行・脅迫の時点で窃盗の故意を有していることが必要だからである。

本件において甲は、Xの財布に入っていた3万円という「他人の財物」を、Xの意思に反して占有を自己に移しており、「窃取」したといえる。

もっとも、甲が本件行為Bに及んだ時点で、甲はXがすでに死亡したものと誤解している。そうだとすれば、甲の認識においては、本件3万円にはXの占有の意思も占有の事実もないのだから、窃盗罪の故意(38条1項)が認められないとも思える。

この点について、確かに窃盗罪は他者の意思に反して占有を移転させることを本質とする犯罪であるから、誰の占有も及んでいない物を窃取しても、占有離脱物横領罪(254条)が成立するにとどまる。しかし、自ら被害者を殺した者が被害者の物を窃取した場合には、別異に解すべきである。この場合には、殺害から財物奪取までの一連の行為を全体的に観察し、殺人犯が被害者の生前の占有を侵害したものと評価しうるため、窃盗罪の故意が認められうると解すべきである。

本件においては、甲の認識においてXを殺害させてから、本件行為Bに及ぶまでの間、およそ5分間しか経っていない。また、両行為は小屋の中という同一の場所で行われた。

そうだとすれば、本件において甲は、Xの生前の占有を侵害したものと評価できる。

よって、甲には本件行為Bについて、窃盗罪の故意が問題なく認められる。また、甲には不法領得の意思に欠けるところもない。従って、甲には本件行為Bについて窃盗罪(235罪)が成立する。

3. 甲は、眠っているXの首を両手で強く絞めつけ(以下、「本件行為C」という。)、その後Xを崖下に落とし死亡させている(以下、「本件行為D」という。)。これらの行為について、甲に殺人罪(199条)が成立しないか。

もっとも、本件において、甲は本件行為CによってXが既に死亡していたと誤解していたが、実際にはXは生きており本件行為Dによって死亡した。そうだとすれば、本件行為CについてはXの死の結果との因果関係が認められず殺人未遂罪(43条)が成立するにとどまり、本件行為Dについては殺人の故意(38条)が無いから殺人罪が成立しないとも思える。

そこで、本件行為CとXの死の結果との間に因果関係が認められないか問題になる。

因果関係は当該行為が結果を引き起こしたことを理由として、より重い刑法的評価を加えることが可能なほどの関係を認め得るかという法的評価の問題である。そこで、因果関係の存否は、当該行為が内包する危険が現実化したかという観点から決すべきである。その際には、当該行為が内包する危険性の程度と、介在事情の結果発生への寄与度を考慮する。

本件では、Xは本件行為Dを原因とする頭部外傷によって死亡しており、本件行為CはXの死因を何ら形成していないため、本件行為CとXの死の結果の間には因果関係が認められないとも思える。しかし、殺人犯が死体を隠すなどの目的で死体を崖下に落下させる行為に及ぶことは、なんら異常なものではない。そうだとすれば、本件行為DによるXの死は、本件行為Cに内包されていた危険が現実化した結果だと評価できる。

従って、本件行為CとXの死の結果との間には、因果関係が認められる。

また、甲が認識していた因果関係と、実際に生じた因果関係は、相当因果関係の範囲内で符合しているため、甲の殺人の故意(38条1項)も問題なく認められる。

したがって、甲には本件行為Cについて殺人罪が成立する。

また、甲は本件行為Dにおいて、死体遺棄罪(190条)の故意で、殺人罪(199条)の実行行為を行っている。そうだとすれば、構成要件の重なり合いが認められる死体遺棄罪の限度で、甲に罪責を負わせることが可能とも思える。

しかし、死体遺棄罪の保護法益が国民感情である一方、殺人罪の保護法益は生命であり、全く異なるため、両者に構成要件の実質的な重なり合いがあると見るのは無理がある。よって、本件行為Dについて、死体遺棄罪(190条)は成立しない。

5. 以上より、甲には窃盗罪2つと殺人罪が成立し、これらは併合罪(45条)となる。

以上


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