「家事ヤロウ」の不都合な真実:定年後編
フルタイムの専門的な仕事をしていた母親も2021年に定年を迎え、非常勤教員として古巣に籍はあるものの、担当する授業が無くなって完全に専業主婦状態に陥った。
今回は↓の記事を書いた後に定年退職を迎えた母の、不都合な変化を紹介する。
仕事が無くなって時間の余裕ができたはずなのに、常に何かに追いまくられているような感覚に陥る母
ホントこんな感じなのである。急に要領が悪くなったというかね…( ´∀` )
流石に60代後半に突入して体力的にも辛いし、買い物でもまとめ買いできないくらい筋力も弱ってきている上に、手首の関節を痛めたいうので、買い物の荷物持ちに関しては、こちらに「おんぶにだっこ」状態である。
ネットスーパーを使うとか、自転車も通常のママチャリではなく三輪自転車を使うとか、ちょっとは他人への依存度を下げて欲しいものである。
こちらとて、在宅勤務ながら、一応は時間的拘束もあるし、何よりも結婚相談所に連れて行きながら、生活面で依存するって、それ、一番結婚の邪魔になるパターンだから(怒)!!
時間があるからといって欲張りになってしまった母
さて、どうして母親は要領が悪くなってしまったのだろうか?
確かに以前から、一度何かを始めると「あれもやんなきゃ」で他の事を始めるクセがあり、単に近所のスーパーに買い出しに行くだけなのに、準備だ何やらで出発まで50分もかかる人であった。
その時点で異常なのだが、定年退職後に自由に使える時間があるというので、やること、特に家事に対して欲張りになってしまったようだ。
それが元からの要領の悪さに見えていた部分にブーストを掛けてしまっている気がしてならない。
そうは言っても、以前から「あえてやらないこと」を決められない母
そして、やらなくてすむ方策を実行していたわけではなく、忙しくてできなかったので単に「我慢していた」だけらしい。
それゆえ時間があるから欲張ってしまって、時間貧乏に陥るという悪循環に陥っている。
そんな状況で、「そんなに頑張らなくても…」と言っても、意味はない。家事が生き甲斐になってしまっているわけだから。
子供の方を向いてくれよ、母よ!!
母親への不満はこのくらいにしておきたかったのだが、下の文章を読んで自分の母親のできなさ加減に我慢できなくなってしまったのである。
この記事によると、記事の著者がお世話になっていた産婦人科医の先生がいったん仕事を辞めた理由は、このようなものだったらしい。
これは自分の母親にも言えること。
母は自分が小学生の頃に論文博士の形で博士学位を取ったのだが、当然、実験やら他のこともあるから家事に手が回るという状況でもなく、祖母や帰宅時間の早い父が夕食を作ったり、そもそも送り迎えも祖母任せだった。
こんな状況ということは、この顔を見ている時間が絶対的に少ないわけだ。そんな訳で、弟共々大学を出て就職していようが、未だに母からは小学生兄弟のように扱われる。
第三者からすれば、母の寂しさの反動からくる代償行動でしかないが、それはうちらが小学生のうちにやって欲しかった。
なので、上のコラムで紹介されていた仕事を辞める産婦人科医の考え方は正しい。
一方でうちの母は
と息巻いているが、その姿勢が子を不幸にするどころか、未だに孫も生まれていない状況を作っていることを誰も言わない。