妊活~妊娠発覚と祖父の死
妊娠した。生活が変わった。あまりにも変わったので、時系列順に残しておく。
ライフプランの変更
2020年4月、コロナ禍で結婚したわたしたちは結婚式も新婚旅行も早々に諦めた。ウェディングフォトだけは撮ってもらったが、共通の友達も多く飲み会も大好きな2人なので、本音は結婚パーティーを開きたかった。
「コロナが落ち着いたら計画しような。子どもはまたその先かな」
なんてよく話していた。
そして2021年10月。結婚して1年半。夫の転勤先から関西に拠点を移して3か月。
ようやく生活が落ち着いて、今後のライフプランについて夫と話すようになった。コロナの波は収まらず、半年先の世間の状況は予想もできなかった。
コロナが完全に収まるか、インフルレベルになるまでパーティーは計画しないでおこうと夫婦の意見は一致。
「じゃあもう、子ども…?」ということで、ゆるい妊活が始まった。
もともと生理不順でPMSもひどかったわたしは、社会人になってからずっとピルを服用していた。スケジュール通りに生理が来る。PMSの波も事前に把握できる。わたしにとっては最高のパートナーだったピル。
「じゃあ、ピルの飲むの今月でやめるね!」
こうして、生理不順との戦いが再スタートした。
8ヶ月間の妊活
妊娠までにはたくさんのステップがある。
避妊をやめたら妊娠するかな?そんなことは全くない。奇跡である。
わたしにとってはまず、ピルをやめたあと最初の生理がいつくるのか?というのが第一関門。長いと半年ぐらい来ない人もいるらしい。
結果的に1か月半後ぐらいに生理はきた。ただ、そこからが問題だった。
生理周期は一般的に、25日~38日程度だといわれている。毎月同じ日数じゃなくても、この期間内に生理がきていればおおむね正常だということらしい。
わたしの場合はこれがまったくもって正常ではなかった。
参考までに妊娠までの生理周期を残しておこう。
ピルをやめてから
1回目の生理~2回目まで:35日周期
2回目の生理~3回目まで:46日周期
3回目の生理~4回目まで:49日周期
4回目の生理~5回目まで:54日周期
いやどうなってる…?どんどん伸びるやん…?
いわゆる、稀発月経というやつだった。
基礎体温もあわせて計っていたが、待てど暮らせど高温期が来ない。
いつタイミングをとればいいのかもわからない。
あてずっぽうのタイミングが排卵日に奇跡的に合うわけもなく、とはいえ生理もこないので妊娠検査薬を試すが真っ白。これを2~3回繰り返した。
「妊娠むっず。。。」というのが、5回目の生理を迎えた率直な感想だった。
ただ、まだ試していないことがある。「排卵日検査薬」である。
生理周期がバラバラなら、排卵日検査薬を使うタイミングもわからないのでは?はい、わたしもそう思ってました。
調べていると、直近4回の生理周期をすべて入力すると次の生理周期、排卵日を予測してくれるという素晴らしいサービスを行っているサイトに遭遇した。
排卵日検査薬はそもそも1週間毎日1回(もしくは2回)同じ時間に使うようになっており、7本入りか14本入りで売っている。
このサイトで出た周期で1週間検査し続けたら、さすがに排卵日がわかるかも…!ということで、トライしたのが6月。
陽性の前後にタイミングを取り、見事に妊娠できたのである。
妊娠発覚と祖父の死
このように、計画的にタイミングをとったため、驚きはなかった。
ただ、半年以上妊娠できなかったため、信じられないような不思議な気持ちだった。
夫と一緒に早期妊娠検査薬で確認し、洗面所で抱き合った。
「まだ何があるかわからないから」「化学流産っていう、初期の流産もありえるし」などと夫にも母にも伝えて喜びすぎないように気持ちをセーブしていたが、内心はほんっとうに嬉しかった。わたしと夫の細胞が組み合わさって、ちゃんと受精卵になって着床したという事実だけて、奇跡的すぎて感動で泣きそうだった。
一週間後に念のためもう一度検査薬をして陽性を確認し、その週末に産婦人科を受診。無事に胎嚢が確認できた。
夫とひととおり喜んだあと、実家の母に電話で報告。
そしてそのまま危篤の祖父の話になった。
もういつ容態が急変してもおかしくはないと、1週間前から言われていた。
妊娠が確定したら報告したい!曾孫に会いたい気持ちで回復するかも!!と思っていた。
来週末には帰ろうかな、と伝えて電話を切った。
「じいちゃんもうやばいかも。直接妊娠を報告するなら早く帰ったほうがいいかな…今日とか…?でも急すぎて無理よな…来週までもつかな…」
夫に半泣きで報告すると、高校生の頃に祖父が急死した夫は、
「帰れるうちに帰ろう。今からでもいいよ。会えるうちに会っといた方がいい」
と即決で帰ることを後押ししてくれた。
夫の気持ちが嬉しくて、祖父が死にそうなのが悲しくて、泣きながら実家に
「やっぱり今から帰る!」と電話した。
「泣くな!まだ死んでないわ!」と父に突っ込まれて涙は引っ込んだ。
その日の夕方に実家についた。病床の祖父は酸素マスクをつけていて、すでに話せない状態だった。
それでも耳は聞こえているし、目も少しは見えているみたいだった。
「じいちゃんただいま。わたし子どもができたよ」
手を握って、大きな声で伝えた。涙はこらえた。
祖父は驚いたのか、少し固まったあと、あーうー、と声をあげながら強く強く手を握り返してくれた。痩せて骨ばった大きな手から、喜んでくれているのが全力で伝わってきた。
2日後、祖父は祖母の隣で静かに息を引き取った。
妊娠の報告を聞いて、安心して逝ってしまったのかもしれない。
「じいちゃん今までありがとう。お腹の赤ちゃんを守ってね」と伝えて見送った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?