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「かぎしっぽの黒猫と、20年前の約束」

こちらは、短編小説となっております。
無料ですので、息抜きにどうぞ𓂃🌿𓈒𓏸


「かぎしっぽの黒猫と、20年前の約束」


十年前、私は夢を抱えて上京した。小さな町から出て、大きな世界で自分を試すことができると思っていた。高層ビルが立ち並び、色とりどりのネオンが夜を照らす東京で、私は毎日忙しく働き、少しずつ成長しているように感じた。でも、何かが足りなかった。


それはきっと、家族や故郷に対する思いだった。時々、ふと地元の風景を思い出しては胸が締めつけられるような感覚に襲われた。おばあちゃんの優しい笑顔、母の手料理、友達との何気ない会話。それらを遠くに感じるたび、私は孤独を感じていた。

そして、10年後。仕事で一段落ついた私は、久しぶりに地元に帰ることを決めた。あの街の匂い、あの懐かしい風景をもう一度感じたくなったからだ。電車を降りて、街を歩くと、あの頃の記憶が次々と蘇ってきた。


何も変わっていないように見えた。街角にある小さな古本屋も、あの頃と変わらず静かに佇んでいた。


私はふと足を止め、その店の前に立ち止まった。もう十年も前に、この店でおばあちゃんと一緒に本を探したことがある。おばあちゃんは昔から本が好きで、よく私と一緒にここに来ては、古びた本のページをめくりながら、色々なことを教えてくれた。

「この本を読んでごらん」と、おばあちゃんが指差す先にあったのは、たいていは小さな絵本や、昔の物語集だった。私はそのとき、そんな本にあまり興味を持っていなかったけれど、おばあちゃんの顔を見ると、ついその本を手に取ってしまうのだった。


「また来るね、おばあちゃん」と言った私を、彼女は微笑んで見送ってくれた。


けれど、あの日が最後だった。おばあちゃんが急に病気になって、私が上京した後、すぐに亡くなったことを知らせる電話が届いた。

「おばあちゃん…」と、ふと思い出すたびに胸が締めつけられる。


今、私が立ち寄ったその古本屋に、またおばあちゃんの気配を感じたくて、私は扉を開けた。店内には昔と同じように本がぎっしりと並んでいて、何か懐かしい匂いがした。その中をふらふらと歩いていると、突然、足元に何かがすり寄ってきた。


「にゃー」

私は足元を見ると、小さな黒猫が座っていた。特徴的なかぎしっぽがついていた。それは、まるでおばあちゃんの家で飼っていたあの猫に似ていた。


「お前…」


私はふと、その猫に話しかけた。猫はじっと私を見つめた後、スリスリと足元に擦り寄ってきた。その瞬間、何かが私の中で引き寄せられるような感覚を覚えた。


「もしかして…」


その黒猫は、私を古い本棚の奥へと導くように歩き出した。私は不思議に思いながらも、その猫について行った。猫は棚の隙間から、古びた本を引き抜き、私の足元に落とした。


本を手に取ると、それは昔、おばあちゃんと一緒に読んだ絵本だった。表紙に描かれたイラスト、そして中に書かれた言葉は、私が子供の頃に覚えていた通りだった。


私はその本を開くと、突然、目の前が眩しくなり、何も見えなくなった。


気づくと、私は見慣れた街角に立っていた。しかし、そこは今とは少し違って、何もかもが昔のままだった。道端には、若かりし頃のおばあちゃんが歩いているのが見えた。


「おばあちゃん…?」


私は思わず声をかけた。おばあちゃんは驚いたように私を見つめ、少し不思議そうな顔をした。


「あなた、どこから来たの?」


私は驚きと共に答えた。「私は…あの時からずっと、ずっとおばあちゃんに会いたくて…」


おばあちゃんは優しく微笑みながら、「あなたがそんな風に思ってくれていること、ずっとわかっていたよ」と言った。


その瞬間、私は涙が止まらなくなった。あの日からずっと抱えていた後悔、悲しみ、そしておばあちゃんに会えなかった寂しさが一気に溢れた。


「ごめんね、おばあちゃん。もっと一緒にいたかった。」


おばあちゃんは私を抱きしめるようにして言った。「大丈夫。今、こうして会えたことが、私には何より嬉しいことだよ。」


その後、おばあちゃんは私を小さな公園に案内してくれた。子供の頃、何度も一緒に遊んだ場所だった。静かな時間が流れ、私はそのひとときが永遠に続いてほしいと思った。

「あなた、これからもずっと元気でね。私は、ずっとあなたのそばにいるから。」


おばあちゃんの言葉に、私はただ黙って頷いた。


そして、次に目を開けたとき、私は再び古本屋の中に立っていた。黒猫は、静かに私を見上げていた。


その瞬間、私は気づいた。おばあちゃんは、もうこの世にはいないけれど、彼女の思いは私の中にずっと生きている。そして、あの黒猫は、おばあちゃんからの「最後の贈り物」だったのだ。


私は深呼吸をして、古本屋を出た。空は青く澄み渡り、街の風景も、昔と変わらず温かかった。

私の心の中に、また一つ大切な思い出が増えた。それは、永遠に消えることのない「愛と温もりの記憶」だった。


【  完  】



最後まで読んでいただき、
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