【小説】魔法少女のいななき

2人の魔法少女

怪しく紫色に光る月に照らされた街。
月が怪しく光るのは魔獣が現れた証。
魔獣は突然現れては人々を襲い、新たな支配者となろうとする者たちの総称。
そんな彼らを倒す方法は、魔力の上書き、彼らの中に流れる負の魔力の上から正の魔力を流し込む事で、彼らは消滅する。

「ブルルルルル…」

「へぇ、今度は馬型かぁ…」

「油断しないでね、リンちゃん」

「分かってますって、先輩!」

そんな正の魔力を操るのが、彼女ら魔法少女。
青い髪を白いリボンでまとめ、ツーサイドアップにしている魔法少女の先輩:アヤカ、その後輩で橙色の髪に緑のリボンでまとめたポニーテールが特徴のリン。
2人は人々の平和のために今夜も魔獣を相手に戦おうとしていた。

「ブルルッ?」

馬によく似た魔獣はリンの方を見るなり目の色を変えた。

「ブルルルヒィヒイイイイイン♪」

「へ?」

リンが戦闘体制に入る間もなく、魔獣は突然リン目掛けて走ってくる。
馬型というのもあり走るのに長けており、様子見で開けていた距離をあっという間に縮めていく。

「リンちゃ…」

「ヒヒィィィイイイン♪」

魔獣は走った勢いを利用し、そのまま天高く飛び上がる。
そのままこちらを見上げるリン目掛けて落ちていくと……

パクッ

「…あぇ?」

魔獣はリンの頭に噛み付いてきた。
馬の本能でリンの頭の配色を見てニンジンと間違え、噛み付いてきたのだった。

「いだだだだだだだだだ!?何すんのよ!?いだいいだいいだいいだい!!!」

リンはその小柄な見た目とは裏腹に、頭の上に自分の何倍もの大きさの魔獣が噛み付いているのにも関わらず走り回っていた。
魔法少女は人間時よりも力が向上し、リンのようなパワータイプの魔法少女は大きな岩をも持ち上げる事ができる。
そんなリンは頭に走る痛みに耐えきれず、魔獣の重さなど気にせず、ひたすらに走り回る。

「……はぁ」

と、大きくため息を吐くアヤカは、持っていた杖を振り上げ…

「むん!」

ゴチーン

目の前を走り抜けようとしたリンに合わせ、馬型の魔獣に向けて杖を振りかぶる。

「ブェ?!」

「……んっ!」

そのまま魔獣に杖を当て、自身の魔力を流し込む。
静かに目を閉じ、杖を握る手から溜めた魔力を放出する。

「ブルルエェェアアァァ…」

正の魔力を流し込まれた魔獣は色が抜け、真っ白になりながら砂のように散り散りになって宙を舞っていく。

「…ふぅ」

一仕事を終えたアヤカは息を大きく吐き、足元に倒れているリンを見つめた。

「あっ…あっ…あだだ……」

「大丈夫?…ほら」

「うぅ…先輩…ありがとうございますぅ…」

痛そうに頭を抑えるリンに向けて手を差し出し、握ってきた手をそのまま引っ張り起こし上げる。

「だから言ったのに…」

「うぅ…すみません…」

「リンちゃんは拳から流し込むんだから、相手が近づいてきた時がチャンスでしょ」

「次から気をつけます…」

ボロボロになったリンにアヤカはキツく注意する。
今回は対処出来たものの、場合によっては命にも関わるのが魔法少女。
そんな世界に入ってきたばかりのリンに油断の恐ろしさを少しでも知ってもらい、何かあった時に自分の命を守ってもらいたいという思いもあった。

「うん、私も一緒だから、少しずつ慣らしてこ。じゃ、帰ろ」

「はい!あ、先輩!新しく出来たスイーツのお店行きません?」

「…多分この時間だと閉まってるんじゃないかな」

そんな会話をする2人を照らす月は、いつものように金色に輝きながら街を見下ろしていた。

リンの異変

数日後…
再び夜の街を不気味に光る月が照らし始め、魔獣の出現を予感させる。

「行くよ!リンちゃん!」

「…んぁ、はい…」

「…リンちゃん、大丈夫?」

「すみません…何だか頭がぼーっとしちゃってて…」

魔法少女に変身するために必要な、宝石の付いた手袋をはめようと構えるアヤカ。
それに対してリンはイマイチ気合が入っていない様子だった。

「しっかりしてよ、また襲われかねないんだから…」

「んんっ…はい!」

リンの肩をポンと叩きいて気合いを入れさせようとするアヤカ。
それに応えようと頭を左右に大きく振り、頭を覚醒させようと大きく声を出すリン。
2人は手袋をはめると片手を前に出し、魔法陣を作り出す。その魔法陣をくぐると魔法少女に変身出来るのだ。

「変身!」

アヤカが掛け声を上げると、魔法陣はアヤカに向かって進み始め、通過したところからアヤカの姿を魔法少女へと変えていく。

「変し…」

同じようにリンも掛け声を上げようとした時…

ビリッ

「ん…?」

何かが破れる音がした。
その方向を見ると、リンの手袋が破けていた。
その下からは黒ずんだ爪が見え、リボンと同じ緑色だった手袋の宝石も、月と同じ紫色に変色していた。

「な…何これ……」

ズゥン…

それに伴って魔法陣も紫色に光、怪しげなオーラを放っていた。
いつもの希望に満ちたものではなく、これを通ってしまったら命が無事では済まないと予感させるものになっていた。

「っ!リンちゃ…」

アヤカも異変に気づき、リンに手を伸ばす。
だがすでに手遅れだった。
怪しげな魔法陣はリンの体を通過し、彼女に魔法少女とは別の力を与えていた。

「あっ…あっあっあ……」

リンの瞳は紅く輝き、まるで先日戦った魔獣のように狂気に満ちていた。
彼女は魔獣に噛みつかれた際、奇しくも魔獣の負の魔力が微量ながら彼女の脳内に流れ込んでしまっていた。
それが数日の間に彼女の全身に広がっていき、常に負の魔力を帯びた状態にしてしまっていた。
結果、魔法少女の正の魔力よりも長い間負の魔力を宿してしまい、正の魔力への抗体が出来た彼女の体は特殊な体質となってしまい、魔法少女とはイレギュラーな変身を起こそうとしていた。

ビリッビリリリリッ

破れかけていた手袋はさらに破れ目を大きくしていき、そのまま押し出されるように手から落ちていく。手袋の外れた手は指が中央に寄っていき、一つに纏まろうとしていた。

グググググッ

やがてそれは馬の蹄と似た形に変わっていった。

グギギギギギギッ
ビリッジジジジジッ

手先から体に向かって伝っていくように彼女の腕は膨らんで筋肉質になっていき、そのまま体も大きく盛り上がっていく。
それに耐えきれず着ていた服も悲鳴を上げながら破れていく。

「がっ…かはっ…あぁっ!?」

肥大化し、身についた筋肉分の負荷がかかり、苦しそうに息を吐くをリン。

「いや…リンちゃん!リンちゃん!?」

「せ…せん……ぱ……」

苦しさから涙を流し、その瞳をアヤカに向ける。
助けを求めて蹄と化した手を伸ばそうとするが、体の変化に思わず手を引っ込めてしまう。

グキッゴキッベキボキッ

「あがっあああああああ!?」

体が膨らむと骨格も変化していき、背丈も伸び、まるでボディービルダーのように成長していく。
服ももはやただの布切れと化し、力なくそのまま地面に落ちていく。
剥き出しになった彼女の体は綺麗な純白から不気味な紺色へと変わっていっていた。

グギッガクッゴキイッ

体を支えていた足も、靴を砕き、衣服を破きながら馬の後ろ足のようになっていく。
指は一つにまとまり、爪は黒く、固くなり、踵は上へ上へと迫り上がっていく。

ビキッズニュルルルルルッ
ファサァ

腰からは尾てい骨が皮膚と共に伸び、細長い尻尾を形作っていく。
伸び切った尻尾からは黒い毛が伸び、尻尾を覆っていった。

「あっ…あぁあっ…せんぱ…わたじ…どうなっ…で……」

変わっていく自分の体を見下ろしながら、リンは声を絞り出す。

グググググッ

その声は太く伸びていく首に合わせ、可愛らしい声から低く太ましい声へと変わっていく。
紺色の肌の色が全身にまわり、その姿はまるで先日戦った魔獣そのものだった。
もう人間の部分が残っていたのは頭だけになった。

「せンぱい…なンか…アたまが……へン……」

ピョコッニョニョニョニョ

譫言のように力の入っていない声で話すリン。
そんな彼女の頭上には、特徴的な橙色の髪を掻き分けて2つの耳が顔を出していた。
次第にそれは上に向かって伸びていく。

「リンちゃん…リン…ちゃ……」

アヤカは目の前で魔獣へと変わり果てていくリンを前に、膝から崩れ落ち、へたり込んでしまう。

「あっ…あああアああアああせんぱい…せんぱ……!!」

何かを察し必死になってアヤカを呼びかけるリン。
それを阻止しようと紺色の肌が顎下まで登っていくと。

グギッゴギッガコッグチッグググググッ
「せんぱいいいいああアああアアアッ…アエッアアッ?!アアアアアアアアアアア?!!?!!?!」

リンの悲鳴と共に口と鼻が押し出されていく。
さらに彼女の顔は紺色に変色していき、髪の色も尻尾と同じく黒く染まっていく。
リンは自分が自分でなくなる恐怖をアヤカに訴えてようと叫ぶが、やがてそれはただの鳴き声へと変わっていった。

「ブルルルルルルルルル……ヒイィィィヒヒイイイイイイイイン!!!」

「あっ…あああ…あぁ…」

理性を失った事を表すように叫びは納まり、見た目相応の馬のいななきを上げながら上体を大きくのけぞらせ、真っ赤な瞳で月を見上げるリン。
アヤカはそんなリンを見て、無邪気に笑っていた頃の彼女の顔がフラッシュバックし、後輩を守れなかった事にひどく絶望する。

ビリッ

そんな彼女の手袋は破れ、宝石も紫色に染まりつつあった。

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