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【65】お嬢様は、今日も戦ってます~武闘派ですから狙った獲物は逃がしません~

幕間 彼女は芝居の原作者を目指す


「あと、50回よ」
「ジェシカ様……、私……もうムリです」
「もう少しだけ、がんばって、サリュー」
「いや、でも……もう」
「給金を増やしたくないの?」
「ふ、増やしたいです」
「じゃあ、続けてね~~」

 ジェシカお嬢様の非情な声に、あたしは歯を食いしばり、剣を握りしめて突きの動作を繰り返す。

 試験を受けていた他の5人は、とっくに諦めて、あたしをとりかこんで座っているけど。

 あと……47回……。

「うう~~、しんどい……」
「給金アップしたら、毎月リオン座のお芝居に行けるのよ」
「お、芝居……」
「それにプラスして、芝居の原作の本も買えるわよ」
「……あと、37回……」

 そうよ、ここを通過したら、毎月お芝居が観に行けるんだもん!! 何がなんでも……。

「サリュー、がんばって!」
「あと少しよ! サリュー」

 皆の応援を聞きながら、最後の力を振り絞る。

 もう少し、あと少し……。

「サリュー、給金アップよ!」
「サリュー、あんたの大好きなお芝居が毎月いけるよ!」
「あんたの大好きな『この恋の嵐、私は諦めない』の原作本を買えるのよ!」
「うわあああああ~~! やるわ、あたし! 絶対に給金アップを手に入れてやる~~」

 そんなこんなで、あたしは最後まで課題をやり遂げ試験に合格し、侍女長代理の第一号となった。

 偉業と言っていいと思う。

 15歳の時にナルニエント公国に奉公にきてから、はや十年。
 住み込みの仕事で、治安の良い場所で、ご主人様や職場の人達が優しくて、わりと給金が良い、と評判だったのでここを選んだ。

 まあ、一番の理由は、この街には珍しく平民用の芝居小屋があったからだけど。あたしは、子供の頃に故郷の近くで流れの芝居一座のお芝居を観て、その虜になったから。

 ほんっと、ナルニエントに来て大正解だった。

 最初はナルニエント公城の掃除担当で、その後にジェシカお嬢様付きの掃除係になった。当時はなり手がいなかったから。

 わがまま過ぎる残念な令嬢と言われていたけど、あたしはけっこうお嬢様が気に入ってた。わがままなだけで、殴るとかないしね。そのわがままだって、末っ子特有の自分をもっと見てよ、って注目を集めたいだけだし、可愛いもんだった。よくお嬢様と故郷の妹達が重なってみえたもん。

 皆は、神鳥の神託を受けてからお嬢様がかわったと言ってるけど、あたしは知ってる。お嬢様がかわったのは、その前に寝込んだ時からだ。

 やたら勉強好きになり、剣の修業をはじめて、ほんと別人みたいになった。

 そして2年半前に、お体を崩され外国に静養に行かれたアーシヤ様のかわりに、お嬢様は公爵代理として領地を治めながら、色々と改革を行った。

 従業員の教育もそのひとつで、あたし達にも、勉強が仕事時間のなかに組み込まれた。
 語学、歴史、礼儀作法、衛生健康学、そして身体訓練。それぞれが、基礎と応用にわかれていて、全ての応用講座を学び終え、試験に合格した者には、昇進が待っている。

 つまり、給金アップ!

 あたしは、そりゃもう、がむしゃらにがんばった。
 彼氏もほしいし、遊びにも行きたいけど、とにかく勉強した。剣の練習もがんばった。

 だいたい平民のあたし達が、仕事中に無償で学べるとか、普通あり得ないし。
 でもまあ、正直言うと最初は勉強とか面倒だなって思った。そんな学んだところで何の役に立つの、って。その時、お嬢様に言われた言葉が、あたしの人生をかえた。

「サリューは実家に仕送りしてるから、好きなお芝居観に行けるの、二月に一度でしょ? 勉強して、試験に合格して、昇進したら、給金があがるわよ。そしたら、リオン座に毎月通えるし、文字を覚えたら、お芝居の原作も書けちゃうかも。いつか、サリュー原作のお芝居が上演されるかもしれないと思うと、夢がふくらむわね」

 人生で一番の衝撃。びっくりする程、めちゃめちゃ夢ふくらんだわ。

 あたしがつくった物語が、お芝居になって大勢の人に観てもらえる……。
 うわあ~〜! 考えただけで鼻時がでそう!!

 そんな訳で、あたしは芝居の原作者になると決意し、まずは給金アップを手に入れるべく、この二年半猛烈に勉強したのだ。

「サリュー、おめでとう」
「おめでとう、本当によくがんばったね」
「サリュー、やったね!」
「ありがと。みんな、ほんとにありがとう」
 
 侍女仲間が祝ってくれる。嬉しい。達成感と喜びが半端ない。
 こんな充実感は、生まれてはじめて。

「サリュー、おめでとう。本当によくがんばったわね。これ、私からのお祝いよ」
「有難うございます。ジェシカ様、あけていいですか?」
「勿論よ。絶対に気に入るわ」

 私は大急ぎで、手渡された箱を開ける。この綺麗なリボンも箱も、全部取っておこう。

「あ、ああ〜~! 本だ!!」
「そう、本よ」

 本は高級品だ。安いものでも一冊で、あたし達のひと月の給金の三分の一が消える。だから、平民で本を持っている者など、まずいない。

「なんの本だい、サリュー?」
「すごい、本のプレゼントじゃん」
「早く、題名教えてよ」 

 感動のあまり、本を抱きしめた。皆が声をかけてくる。あたしは、本を皆に見えるように持ち直し、表紙を目でおった。

 今のあたしには、文字が読めるんだ。

「『この恋の嵐、私は諦めない』。あたしの大好きな演目の原作本よ。ジェシカ様、本当にありがとうございます! 私、この本を一生大切にします!」

 嬉し過ぎて、涙が出てくる。心からお嬢様に感謝した。

「サリュー侍女長代理、これからもよろしくね。勿論、仕事だけでなく、芝居観賞と創作活動もがんばって」

 お嬢様が満面の笑みで、そうおっしゃった。

 あたし、やっぱりこの職場にきてよかったなと思う。お嬢様の側にいると、色々とおもしろい事に出会えるもん。
 結婚しても、ここでの仕事は絶対続けようと思いながら。

「はい、仕事も物語づくりも、彼氏づくりも全部やりますよ。ジェシカ様が女性で公爵代理になり、国に変革を起こしたように、私も! 平民侍女が昇給し、素敵な夫を捕まえて、そして芝居原作者への夢を叶え、伝説になるようがんばりますから! みてて下さいね」

 あたしは意気揚々と、宣言した。

 厚かましいのは承知の上。
 でも、ここはあり得ない公爵令嬢がいる、自由なナルニエント公国だ。
 あり得ない平民侍女がいたって、いいんじゃない?

 平民侍女の、のし上り物語。絶対、受けると思う。
 ああ、なんかすっごいワクワクしてきた。

 あたしの伝説は、今、ここから始まるんだ。


お読みいただき、おおきにです(^人^)
イラストはAIで生成したものを使っています。

第二章に続く

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