【55】お嬢様は、今日も戦ってます~武闘派ですから狙った獲物は逃がしません~
55 フランツ王子の事情 その⑤
彼女は、自分が相手にできる存在ではないのかもしれない……。
相手の身分が王子である自分に釣りあうかでなく、自分が相手にふさわしいかどうかを考える日がくるとは、想像もしていなかったとフランツは思う。
ライガに案内され、城下でジェシカを見たあの日。少年兵のような姿で平民の子供を庇い、その身を盾にした彼女の姿を見てから、フランツはずっと悩んでいた。
「おい、ブルガ、サンダ、だったな。剣大会で、会おう。オレがあんたらに勝ったら、今日の事を謝ってくれ。オレの名はウエダだ」
あの時、彼女の他の言葉は聞こえなかったが、最後のセリフだけは、フランツの耳にもはっきりと聞こえた。そして、その言葉の色もしっかりと見えてしまった。
怒り、正義感、自信、誇り、そして少しの戸惑いと恐れ。そんな気持ちを表したような、紺色、蒼色、深紅、そして端々に漂う灰色や黒の色々がジェシカの口から紡がれたのを感じた。
彼は、女性がそのような強い意志を宿した青色や深い赤色の言葉を発するのを、見たことがなかった。
それは、国王である父や跡継ぎである兄達、そして兵を司る立場の者が使う色であり、女性だけでなく爵位のある貴族の男性でも、そこまで強い声をだせる者は稀だ。
さすがにフランツも、ジェシカ嬢が普通の公爵令嬢ではない、というレベルでない程特異な存在だと認めざるを得なかった。
また、王位を継ぐ可能性はほぼ無いとはいえ、第三王子のフランツには、王家やヨーロピアン国が培ってきた歴史、文化、そしてルールを軽んじることは出来ない。
公爵令嬢が身を挺して平民の子供を庇い、自らその身に暴力を受ける等という事は、一般的には考えられない事件だ。
そのように常識では考えられない行動をする人間が増えるという事は、国の根幹を揺るがす危険性を示唆している。本来なら、見過ごせない火種とも言える。
どう考えても、ジェシカをフランツの伴侶にするのはリスクが高すぎる。
それでも。フランツは何とかジェシカと共に生きる方法がないかと考え続けた。
いつの間にか、これ程彼女に心を奪われていたのかと自分でも驚く程に、彼女に執着していたのだ。
だが、ライガが突然やって来て、気を失ったアーシヤを彼の城に預けて行ったあの日。彼は、望ましくない何かが起こっているのを感じた。
その後、国王の暗殺計画の犯人をジェシカが追い詰め、後から駆けつけたライガと共に捕まえたと報告を受けた。
なにやら色々と裏がありそうだが、なによりも、オールノット公爵家のナナイダ団長から直接受けた報告は衝撃の内容だった。
ジェシカ嬢は的確に逃走ルートにあたりをつけ、剣を持ち、裸馬を操り、真っ先に犯人を追って出発し、まさしくご令嬢は神鳥の声が聞ける戦神の化身であるとその場にいた全員が感銘を受けたと、真面目なナナイダ団長が興奮して語る姿を見て、フランツは彼女の存在が、もはや隠しきれない程大きいものであることを痛感した。
そして、先程の練習試合だ。
「フランツ様?」
無言でジェシカを見つめるフランツに、心配した彼女が声をかける。
「愛とは、なんであろうな……」
「はい?」
「私はあなたを愛していると思っていた。どんな困難をも乗り越えて、2人で寄り添いながら生きる、そんな物語のような人生を、あなたとなら可能だと……」
彼女がナルニエント公爵家の公爵代理になる旨は、事前に王家に連絡がきていたが、まさか国王の御前で簡易とはいえ剣の試合を行い、全勝するとは想定外であった。
ある意味、今日の出来事は、ジェシカが規格外の人間であると国内外に宣言したも同然だ。
その彼女の隣に立つ人間は、普通の常識人では務まらないだろう。どうしても彼女に引きずられてしまう。
例えるなら、彼女は自由を求めて、あちらこちらへと飛ぶ鳥の様な存在だろう。そして、自分はそんな鳥を閉じこめようとする檻の一部だ。
王家の慣習、貴族としての嗜み、国民が望む王族の姿を体現する務め。それらを当たり前と捉える思考の檻は、ジェシカにとっては不要でしかないだろう。
「フランツ様、不敬で不遜な発言をお許し下さいますか?」
「今更だろう、ジェシカ嬢。好きに話してくれ」
「有難うございます。私は、申し訳ありませんが、フランツ様をパートナーとしては見ておりません。でも、とても尊敬しております。友愛と申しましょうか。私のような変り者に、偏見を持たず公平に接して下さるあなたを、とても大切に思います。あなたのお役に立ち、お守りしたい。ご恩をかえしたい。そういう種類の愛を、私はあなた様に感じております」
パートナーとしてはみていない。彼女の正直な物言いに、フランツの心はズキリと痛んだ。だが……。
「なるほど、友愛か……」
「ご迷惑でしょうか?」
「いや……。そうだな」
フランツは大きく息を吐き、目を閉じた。
有能な公爵代理と専任剣士。信用できる人間が身近にいる事は、公人としても、個人としても、心強い。
なにより、友としてなら、彼女を不幸にすることなく手元に置く事ができる。
目を開けると、ジェシカ嬢が曇りなき眼で、フランツを凝視していた。
美しく愛らしく、そしてとてつもなく強く残酷な少女に、フランツは微笑み、右手を出した。
「ジェシカ嬢、いや、ナルニエント公爵代理。これからも友として、私を支えてくれるか? 私の我儘を聞き、時には苦言を呈し、この国の平和の為に、ライガと共に私の側にいてくれるか?」
ジェシカ嬢はフランツに近づき、彼の右手をしっかりと握った。
王族に対して握手をするという、大胆な行動を然程気にもせず、彼女はさらりと返答した。
「勿論です、フランツ様。私とライガは、友として臣下として、この国にいる間はあなたに仕えますわ。ただ、もし将来、私が国を出ることがあれば、その際はご容赦下さいませ」
~続く~
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イラストはAIで生成したものを使っています。
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