「聞く」と「書く」のあいだ 展 によせて
明日、9月14日から26日にかけての12日間、東京・恵比寿から徒歩10分程度の場所にある「弘重ギャラリー」にて、『「聞く」と「書く」のあいだ 展』を開催します。
本展示は、今年で20周年を迎える「聞き書き甲子園」の記念企画として、単なる活動紹介だけにとどまらない聞き書き甲子園の面白さや奥深さが垣間見える体験を目指し、活動主体であるNPO法人「共存の森ネットワーク」が主催するものです。
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※感染症対策のため、時間制の入場制限を行います。来場には事前予約が必要ですのでご注意ください!
私は、このNPO法人共存の森ネットワークの理事として企画と総合ディレクションを担当し、また、ハイジ・インターフェイス株式会社のデザイナーとしてグラフィックデザインの制作・監修をつとめました。
(本記事は上記の役回りもありつつ、自分個人の言葉として語る部分が多くなりそうです。団体を代表する言葉ではなく、あくまで個人の言葉として見ていただけると幸いです。)
「聞き書き甲子園」とは?「聞き書き」とは?
概要を書いてみたものの、そもそも「聞き書き甲子園」という言葉に疑問を感じる方もいると思います。ですので、まずはその前段の紹介からしていきたいと思います。
「聞き書き」という手法があります。
これは、聞き手が話し手にインタビューをして、一つの記事を書き上げる手法と少し似ていますが、「ひとりの人生をまるごと聞いて書く」という課題のもとに取り組む上で、インタビューとは異なる点がいくつかあります。
この手法を行う際、まずインタビューをしてから「話し手の言葉も自分(聞き手)の言葉も、一字一句すべてを書き起こす」という作業があります。そして、その次に行う「自分(聞き手)の言葉をすべて削ぎ落とす」という作業が、聞き書きの最も大きな特徴といえます。
この行程を経て最終的に出来上がる作品は、話し手による「ひとり語り」の文章になります。
しかし、その「ひとり語り」の文章を成立させるためには、ところどころに分散したトピックを、文脈に沿ってある程度読みやすくまとめたり、完全には繋がらない言葉と言葉のあいだを補完する必要がかならず出てきます。
それを、何度も繰り返しインタビューをする中で感じた話し手の人柄や口調などから、聞き手自身が想像しながら繋げていくことになり、そこにいかに想像をひろげられるかが、作品の完成度を高める要となります。
さて、では「聞き書き甲子園とは何か?」というお話に戻ります。
「聞き書き甲子園」では、全国各地の高校生が聞き手となり、全国各地の農山漁村で暮らしながら伝統を受け継いできた「名人」と呼ばれるご年配の方々が話し手となります。
その名人たちの職種は、樵や炭焼き、木工職人、漁師、海女などさまざま。
高校生は、約一年間のプログラムを経て、名人が大切にしてきた自然とともに生きる知恵や技術、そして心を丁寧に聞いていき、
名人が言いたいこと、伝えたいことは何かを反芻し、熟考しながら、限られた文字数などの制約のなかで名人の思いを作品として仕上げていくのです。
「聞く」と「書く」のあいだとは?
これまで聞き書き甲子園では、各年に参加した高校生の作品を一冊にまとめた作品集や、過去の全作品がオンライン上で読めるもの(※閲覧は有料)が一般に公開されてきました。
これらで読むことができる作品は、既に「ひとり語り」の形でまとまったもの。もちろんそれらは資料的な価値の高いものではありますが、私は「それらがどのように出来上がったのか」にとても興味がありました。
もしかしたらこの作品は、高校生の進路への悩みが反映された編集になっているのかもしれない。高校生は、この名人にどんな思いを重ねたのだろうか。
作品をひとつひとつ読んでいて、そんなことが気になりました。
そしてこの度20周年の企画を考えていくにあたり、そういった「完成された作品」の向こう側にあるものや、執筆の過程にあったものを、来場者それぞれが想像できるような展示をしてみたい、と考えました。
展示ができるまで
この展示では、実際の空間の中で五感を通して体験できるものになっているので、展示内容の詳細な紹介はここでは控えます。(遠方からは来場しづらい方々などに向けて、全国各地での巡回展やオンラインでの情報発信なども計画中です)
ここでは、展示での表現や、それらができるまでの思考過程について、少しだけ紹介させてください。
そもそもは、さきほど触れたような「聞き書き」に対する個人的な思いもあったのですが、もう少し普遍的な話として「表面的な言葉や表現の向こう側にあるものを想像すること」の大切さのようなものが、自分自身のテーマとしても本企画の趣旨に重なりました。
たとえば、近年おもにSNSにおいてみられる心無い中傷や差別、もっと身近なところにある、些細な人と人のあいだのすれ違い。そういった分断の原因の一つに、言外にあるさまざまな物事を想像する余地や余裕がないことが挙げられるのではないか、と考えていました。
ただ、どれだけの時間をつかったとしても、言葉の背後にあるものすべてを完全に他人に伝えることはできないし、どうしたって他者との間にはわかりあえなさがつきまといます。
しかしそういった前提の中でも、自分が他者と向き合っていくには、やはり想像の解像度を高める努力をすることがいかに大事かを、他者との関わり中で感じています。これはとても難しく、それこそ正解のないことではありますが、諦めるわけにはいかない大きな課題です。
この課題感が、企画を一緒に行うメンバーそれぞれが、現代社会を生きるうえで日々抱える意識や、聞き書き甲子園の世界観とも一部で重なり、今回の展示の表現にもいきる部分になりました。
展示会場は地上1階と地下1階との二層にわかれており、地上階では、聞き書き甲子園の紹介として、過去の作品集などが自由に読める空間を用意しています。
そしてメインとなる地下階では、18回目の聞き書き甲子園で発表された計88作品のうち6作品をピックアップし、ひと作品につき一つのブースを使って展示を行います。
各ブースを造る箱と壁は、名人と高校生との間の隔たりであり、私たちの心のフィルターであり、解釈の仕方です。
この壁を通して、名人と高校生の内面や聞き書き作品の背景を知るには、能動的に展示空間を動きながら、覗き込んだり耳を傾けたりしなくてはなりません。
このように、情報を一方的に与えられるような展示の手法ではなく、見る人によってそれぞれの見え方の違いや感じ方の違いが生まれやすくなる展示の手法を考えました。
この展示方法は、企画の当初から携わり、音響や照明、施工などの空間設計を担当いただいたishimura+neichiの石村大輔さん、根市拓さん、株式会社LRFの松本大輔さんにより、意図や思いを汲み取ってご提案いただいたアイデアから生まれました。
空間全体のつくりかたや、グラフィック表現は、この方針にしたがって設計されています。
さいごに
長くなりましたが、共存の森およびその関係者のみなさまにはこのような展示の機会をいただけたこと、企画に携わってくれたメンバーのみなさま、共存の森の中心となり企画全体を支え、私に最初の相談をしてくれた峯川さん。私の突然の依頼に快く応えてくださり、この展示企画をとても楽しくいきいきとしたものにしてくださった千住元町倉庫のみなさま。本業とは違うところでの活動だったものを「やりたいようにやりきってごらん」と後押ししてくれ、いっしょに走り切ってくれたハイジ・インターフェイス株式会社の仲間たち。什器制作やグラフィックの出力に関して、展示の直前まで無茶な要望を受け入れ、ご尽力くださったnks株式会社のみなさま。施行時、細かなところまで配慮をいただき最後の組み立てを仕上げてくださった職人さん方。展示を快諾し大事な仕事道具などを提供してくださった名人の方々。聞き書きをしたときの体験を語ってくれて、ときに一緒に考えてくれた当時の聞き手の学生たち。弘重ギャラリーのみなさま。
本当にたくさんのご協力によって、ようやくこの展示が完成しました。感謝したくてもどうしてもしきれませんが、この場を借りて、一度お礼を述べさせていただきたく思います。
この展示をとおして、より多くの方々に、聞き書きの世界を楽しんでいただけたなら幸いです。
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