暮らしの中のクラフト感
前略、3年経ちました
さてさて、横浜は綱島にあるセカンドリビングことokuruも3年間経ち、それはつまり同時にぼくの二拠点生活ライフも3年間経過したことになる。
この3年という歳月の中でぼくは、転職、離婚、再婚、そしてお父さんになった。
当然、一緒にいる人や日々のスケジュールもめまぐるしく変わった3年間だった。
離婚の前後や、仕事でくやしくて涙を流したり、つらいことも沢山あった。
それでも変わらず、前を向いて元気でいれるのは、このokuruという居場所、そしてそこで紡がれた人間関係が間違いなく精神的な支えになっていた。
二拠点の暮らしというのは、単純に暮らす場所が1つ増えるということではなくて、家庭と仕事に並ぶもうひとつのコミュニティを持つということ。
そう思うし、世の中の人々がもっと仕事や家庭以外のコミュニティを持って、精神的に豊かな暮らしを営めるようにすることがぼくの願いで、ぼくの人生の時間をささげたいテーマでもある。
↓以下、あんまり真面目に書くのもツマランので、節目節目に写真いれてます。
okuru3周年にokuruTシャツ作ってもらった。かわいい。
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だからこそ、これからのokuruの未来を考えて、少しokuruのコンセプトや方針を見直したいと思った
それが今日のお話ししたい内容だ。
暮らしをクラフトするセカンドリビング
つまるところ、ぼくがokuruという場を通した暮らしの何が楽しいと感じていて、これからどうしていきたいのか、という話。
率直に言えば、ぼくはもう次々出てくる「コンテンツ」を消費することや、より「便利になる」ということに飽きてしまった。
それは例えば、
日々の暮らしの中で意味を感じない付き合いや意義のない仕事に時間やお金を浪費することや、
ハロウィンや次々出てくる〇〇フェスなどのイベント、または〇〇techと銘打たれた最新テクノロジーなど、
一過性のコンテンツや新しいものの上で踊ることから、もう距離を置いて、丁寧に豊かに、そして主体的な暮らしを過ごしたいと思っているということだ。
わざわざ素揚げして手間暇かけたスープカレー。最近は週2でスパイスからカレー作ってます。
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では、暮らしの中で豊かな時間だなぁと思うのは何か、と考えると。
それは、自分の暮らしの中で、自分がしたいと思ったことに対して、わざわざ手間と時間をかけても労力を注ぐこと。
側から見れば、「一見非生産的」なことに時間を注ぐことができる、ということなのかと思う。
自分の例で言えば、
わざわざスパイスからカレーを作るときや、okuruのみんなでご飯を手作りしてご飯を食べてるとき、部屋に合わせて机をDIYしているとき、畑をいじっているときや、仕事を早めに終わらせて子供と遊んでいるときなどが、主体的で、心おだやかで、豊かな時間だなぁと、そう思う。
つまり、暮らしの中に手作り感(≒クラフト感)をいかに設けられるかが暮らしを豊かにするキーなのかと考えている。
手作りしている時間とは、自分なりに頭をひねって、行動している時間だ。
受け身にコンテンツを消費する時間より、主体的に何かをクラフトしている時間の方が満足感や達成感が得られると思う。
特に受け身に日々を過ごしていることに慣れると、なにものかに与えられた目的や目標、または相手の顔色や周囲の雰囲気などに振り回されて、自分の人生の主権を失っているように思う。
それは仕事なり恋愛なり、なんでもそうだが、
嫌いなら、楽しくなるように動き、
好きなら、自分から好きって伝え、
無いなら、自分で作り、
そういう自分から動くスタンスを持つことが、豊かさにつながると、そう思う。
だからこそ、暮らしの中にクラフト感(自分なりに工夫して何か行動して産み出すこと)を設けること、というのが僕としては大切にしたい価値観だ。
なので、
暮らしをクラフトするセカンドリビング、
という言葉をokuruの新しいコンセプトに添えた。
子育て、というものを家族だけの孤立したものにせず、適度にみんなで。という一枚。
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okuruを通して暮らしの中にわざわざ一手間かける一見非生産的だけど豊かな時間がある、そんな空間を作りたくて、今後も邁進していきます。