okuruの終わりに。
FBやインスタではすでに告知しましたが、暮らしをクラフトするセカンドリビングこと、綱島のokuruは2020/9月を持って「撤収」します。
なぜ撤収するのか、その背景やそこにある葛藤、反省点などは1つの「コトの終わり」の例として誰かの為になりそうなので、すべてが終わってから書こうかなぁと思ってますが、ここで書きたいのは別のことです。
まずやめることになって、様々な方からご連絡いただけるほどに気にかけてもらっていたことのがとても嬉しかったです。
当人である僕としてはokuruをやめることに対して、悲しい気持ち、まだ続けたいという思いはもちろんありますが、様々な試行錯誤の末に考え抜いて、悩み抜いた結果なのでとてもスッキリしています。
okuruのメンバーからミルクをもらう息子。
この友達以上で親戚に近い存在みたいな関係なのがokuruの内部の人間関係なのかな、て思います。
やめることになって、スッキリしている理由
さて、話を戻しますと、
何より僕の中ではokuruというのは70%は当初の目的を達成しておりました。
その70%はセカンドリビングを持つという暮らしの形態をまず自分が実験してみて、有用かと思えること/社会に広めるべきと思えること、でした。
この70%に関しては今では僕自身、一家で日常的に使うようになり、逆にokuruなしでは不便と感じるほどに僕の日常生活にセカンドリビングokuruは溶け込んでいます。
色々な試行錯誤の4年間の末、僕もokuruというコミュニティとの付き合い方が分かってきたといいますか、、okuruが「暮らしに溶け込むレベルで存在する」コミュニティとなってきたことを実感しています。
なので、綱島という土地は離れますが、このokuruという活動自体はとても意義があって有用であり、ここから社会に広げていきたいと現時点で思っています。(逆に出来なかった30%がこのokuruを広めるという部分でした。)
結局何がしたい人なのかというと
僕はどういうことをしたい人なのかと言えば一言でいうと、「シテンを創る人」になりたいのです。それは今のサラリーマンとしてやっている事業をつくる仕事もそうだし、プライベートでやってるokuruもこの考え方が起点にあります。
シテンとは、視点、始点、支点を全て合わせています。社会を良くする新しい視点で、自ら始点を作り、社会の新たな支点を作り出す。
そういうことを生涯かけてやっていきたい。
言い換えると、
ただシンプルに遊び場を作りたい、起業して経営者となりたいとか思考じゃなくて、それは結果として他人から見えるアウトプットや手段であり、僕はムーブメント(流れ)が作りたいんです。
okuruはセカンドリビングという新たな視点で空き家を再生し、自らプレイヤーとして始点に立ちました。ただそれが社会の支点となるまでのムーブメントには至るにはまだまだ遠く、このキャズムを超える前に存続の限界が訪れた、という状況です。
さてさて、あらためて。
上記のように考えているので、
okuru綱島はやめますが、okuru自体はやめません。9月末の撤収までのお祭りのあと、少しの充電を経て次のokuruを作ろうと思っています。
今後ともによろしくお願いいたします。