忘れ得ぬ採血
病院へ。
まずは採血。
ここで奇跡的な出来事。
まぁ、奇跡は大げさか。
ところで。今まで食べたパンの枚数は覚えているか? もちろん否。採血の回数も同様である。平均すると年に1回くらいか。それでいくと年齢と同じ数字になる。数は小さいが結果は同じである。覚えちゃいない。
同様に、誰に採血してもらったか。覚える以前に名前を気にすることがない。意識するのはきっとトラブった場合だろう。幸いということだ。
で、採血。
腕をまくって待機。呼ばれる。座る。
ここで事故防止の確認が入る。
名前と生年月日をお願いします。
すでに勝手はわかっている。
スラスラと応える。流石に。
わぁ、びっくりした。
え?
名字が同じですね!
ちらと見る。
ぶら下がった名札に馴染み深い漢字。
おお、ほんとだ。
それと。
ん?
誕生日も同じですね!
マジですか!
てなもんだ。
確認のしようはないが疑っていても仕方あるまい。ああ、さすがに誕生年は違う。違うだろう、さすがに。月日のみだ。二十歳ちょい過ぎくらいと思われるお嬢さんだった。
マスク着用である。チラリとしか見ていない。なぜ若いと言い切れるのか。それには理由がある。若い。若いと信じたい。若くなくては困る。
消毒して、針がチクリ。
ん?
なにやら位置を変えている。
ズブリ。
針ってそんなに刺すんだっけ?
どのくらいまで刺すのかは知らない。過去のぼんやりとした記憶との比較。なんとなしの違和感。人間の記憶ってのは凄いもんだ。たぶん。
判断は早かったと思う。すいません、と一言。針を引っこ抜いて止血。血はぜんぜん出ていなかった。うまくいかなかったので、代わります。だったか。そんな感じの言葉を残して素早くバックヤード(というのかは知らんけど)へ消えた。こちらの理解はワンテンポ遅れた。なるほど、そういうことか。
上司らしき看護師さん(たぶん)が出てきた。
手際が凄い。一発でOK。サスガである。
看護師か、あるいは准看護師か。なりたてなのだろう。概ね二十歳前後らしい。例外もあるらしいが多分このあたりだろう。注射は経験であろうから、若い時分には失敗の可能性は高かろう。実際のところは分からないが、そう思いたい。そして、それゆえに若いとも信じたい。
2回も刺しちゃってすいません。そんか感じのことを丁寧に言われた。幸いなことにちょっと痛かっただけで済んだ。特に問題はない。むしろ良いネタができたと内心でほくそ笑む。
思えば、採血の失敗も記憶にない。たぶん初めてだ。
・名字が同じ
・誕生日が同じ
・採血に失敗
これだけ条件が揃えば忘れがたいものになる。
ちなみに。
佐藤さんは約200万人。
鈴木さんは約180万人。
高橋さんは約150万人。
私の名字は約10万人だそうだ。
誕生日は、安直に365で割れば274人くらい。
同名も滅多に会わないのに、誕生日まで同じとは。なかなかにレアな出会いであった。私がもっと若くてもっともっと軽かったら、今頃はLINEかなにかでメッセージを送っているに違いない。
ちなみに採血の間も(後半は沈黙の血管探しになったので前半)誕生日あるあるでほんのり盛り上がった。患者をリラックスさせるための狙いもあったのかもしれない。
採血は、指名はできますか?
と、去り際、頭を下げる2人に聞いてみた。キャバクラかホストクラブじゃないんだから。いや、行ったことないけど。そんな、どうにも危なっかしい、余計なことを聞いてしまった。
誤解である。いや、誤解されかねない。違う。そういう意味じゃない。次に来る頃にはもっと上手になっているだろうか。上手になっていてね。その時はお願いしますね。そんな期待を込めたつもりだが伝わっただろうか。無理か。無理だな。
ご要望でしたら。
ベテランさんが笑って受け流してくれた。と思う。声は笑っていたが目はどうか。まぁ、いいか。ダメだとしたらプラスマイナスゼロってことで。いや、なんか、ダメだな。
なにはともあれ、貴重な一期一会でした。