尉鶲の呼び声 - 800文字
つかれた。
仕事の合間に独り言を吐き、
リビングへ行って背伸びをする、と。
フィッ、フィッ、フィッ
誰かが笛でも吹いているのか?
平日の昼間に?
半年前までならそこまでだったろうが、
いまはちょっと違う。
地鳴きだ。
鳥が鳴いている。
聞き慣れない、いや、
この辺りではあまり聞き慣れない、か。
違うな。
個人的には、か。
スズメのそれとは明らかに違う。
高くて、ちょっと長い。
ベランダに出る。
地鳴きはもう聞こえない。
視覚だけが頼りだ。
小鳥がいた。
しまった、眼鏡が仕事用だ。
遠くはボヤけてしまう。
とはいえ、そのボンヤリでも、
スズメでないことくらいは分かった。
急いで部屋へ戻り、
メガネを替え、カメラを持ってくる。
再びベランダへ。
見つけた。
撮る。とりあえず撮る。
ズーム。
おっと、これは、知っている鳥だ!
ジョウビダキだ。
漢字は尉鶲。
読めやしない。
ジョウビダキのメスだ。
オスは、銀、黒、オレンジで、派手。
メスは、例によって地味色だ。
ちょこまかと動いて、植木の中へ。
撮影できたのはほんの10秒くらいだった。
きっかけは、まぁ、新型コロナだ。
ジョウビダキは以前からいたに違いない。
私が知らなかっただけだ。
まず、平日昼間に自宅にいない。
休日もほとんどフトンの中だ。
テレワークでこれが変わった。
野鳥を撮るようになって、
地鳴きを実地で聞くようになった。
とりあえずではあるが、
あれが地鳴きなのは分かるようにはなった。
少しずつだが、
鳥の種類も覚え始めた。
以前なら、仮に見かけても、
あまり見ない鳥だな、で終わっただろう。
被写体を探して、わりと躊躇なく、
何十枚でも撮るようになった。
以前なら、もたもたして、良くて2~3枚、
下手をすれば1枚も撮れなかったかもしれない。
コロナのおかげだ、とは言わない。
きっかけだ。
この1年で色々なことが変わった。
悪い事のほうが圧倒的に多いだろう。
そんななかで、珍しく、
個人的にではあるが、良いことが起きた。
それが素直に喜ばしい。