【創作ホラー】笑顔の集落
梅雨の明けた夏真っ盛りのこと。
いまや当たり前となったナビも使わないで、気の向くままにバイクを走らせていた。
愛車の調子も良く、あっという間に都会の喧騒を離れて山が近くに見える田舎道を進む。
お昼少し前ごろだったと思う。不思議な空気の集落にたどり着いた。
その集落はなんというか…フィクションにある田舎の家ばかりのようで、どこか時代が止まったかのようだった。
ただ、よくよく見るといくつかの家には生活の痕跡がある。
家によっては割と綺麗な軽トラが停まっていたり、よく見ると人影もみえる。
私は集落のちょっとした空き地にバイクを停めて少しばかり散策することにした。
バイクを降りて集落の中を歩き始め、すぐ近くの家の庭に目がやった。
家庭菜園、洗濯物がかかった物干し竿、花が植えられた鉢。
大型犬でも入れるかのような檻、軒先でゆっくりしている住人。
敷地の中にいるお婆さんに会釈をしたら、微笑みながら小さく手を振って返してくれた。
距離はあったので声はかけられなかった。でもこうして友好的な感じを見せてくれると少し安心する。
家々の前を通るたびに住人と目があったが、皆優しい表情だ。
少し歩を進めたところで、ふと不思議なことに気付いた。
どの家にも、庭に同じような檻がある。
中には何もないので用途も分からないが、相当に大きい動物を飼っていたのかもしれない。
といってもそんなに皆が飼っているものなのだろうか。
集落の端、他と比べて少しばかり大きい家がある。
そこを通り過ぎてみると、先にはもう家は無く道路が続くだけ。
振り返ってバイクのところに戻ろうとしたとき、それが目に入った。
そのひと際大きい家の庭にある檻の中。
その中に、人のような影が見えた。
目を凝らしてみてみると、それは煤けたような肌にぼろぼろの衣服をまとっている…影ではなく人そのもののようだった。
その檻の中に入って数日ではないのだろう。横顔からでも精気が無いことがわかる。
そこまで考えてから、あまりに予想外の光景に混乱した。
誰が?なぜ?こんなに見える場所に監禁している?
考えても何もわかるわけがない。
檻を見ているうちに足は止まっていたらしく、その男は私に気付いたようだった。
ただ視線をこちらに向けるものの、それ以上の何かは無い。
あくまで気付いただけで、何か助けを求めるようなことも無い。
まるでよく躾けられた飼い犬のようで大人しい。
こんなところからは早く離れるべきだと思い、バイクを停めた場所へ踵を返した。
道中、今まで目の合った人たちが一様に笑顔でこちらを見ている。
粘りつくような視線は最後まで離れなかったが、声を掛けてくることも、手を出してくることもなかった。
早く帰ろう、きっと見間違いなんだ。
努めて冷静にあろうと言い聞かせ、バイクに跨りエンジンをかけアクセルを回した時。
「また、来てくれるかな」
振り返ることはできなかった。ミラーを見ることも。
きっとこれは別れの挨拶ではないんだろうと思うと、奇妙な執着を感じた。いくら走っても背後にあの笑顔で見送る影があるような気がして、重苦しさは拭えなかった。
自分が見たものはきっと幻覚ではない。
あの集落には、きっと表沙汰にはならない何かがあるんだろう。
これ以上は知りたくも無い、知ったが最後だろう。