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入れ墨・タトゥーの銭湯入浴拒否問題について銭湯好き弁護士が考える。

やぎの湯に御入浴の皆様、はじめまして。やぎの湯の代表、ヤギーベです。
やぎの湯としては現在「1010やぎの湯レディオ」という銭湯ネットラジオ番組を週1回のペースで配信しておりますが、普段は弁護士をしております。
本日はやぎの湯に御入浴頂き誠にありがとうございます(銭湯気分を味わってもらうために、浴場内に貼られている壁新聞のつもりで書いています。)。

突如始まったこのnoteですが、今後本来の職業を活かして、銭湯と法律に関わる話をしていく予定ですので、どうぞよろしくお願いします。
初回である今回のテーマは「入れ墨・タトゥーの銭湯入浴拒否問題について考える。」です。

男で東京都の銭湯(「一般公衆浴場」のことをいい、いわゆるスーパー銭湯は除きます。以下同じ。)に行くと、入れ墨・タトゥー(以下あわせて「入れ墨等」といいます。)をしている人を見ることがかなりの頻度であります。
行く銭湯にもよりますが、3回に1回は見るといっても過言ではないかもしれません。
2020年に東京オリンピック・パラリンピックが開催されるということも関係があるのかはわかりませんが、入れ墨等の入浴拒否を掲げていない銭湯の方が多いのではないかと思います。

他方で、銭湯側に様々な事情はあるとは思いますが、現在でも「入れ墨・タトゥーの入場お断り」の看板を掲げている銭湯が多数あることもまた事実のようです。
このような看板を掲げて入浴拒否することは法律上どのように整理されるのでしょうか。

※例えばひだまりの泉萩の湯では入浴禁止にしている(決して批判する意図ではございません。下記の月島温泉も同じです。)。

1 入浴拒否を直接的に定めた法律はない

最初に次の記事が簡単にわかりやすくまとめられているので紹介します。

刺青がある人が銭湯や公衆浴場に立ち入ることを直接的に禁止する法律はありません」(尾﨑英司弁護士)
「銭湯や公衆浴場に関係ある代表的な業法としては公衆浴場法があります。公衆浴場法では、伝染病にかかっている方々の入浴拒否を義務づけていますが、刺青がある人の入浴拒否は義務づけていません。したがって、業界側の自主規制でしょう」(尾﨑英司弁護士)

「入れ墨・タトゥー入浴お断り」って法律で禁止されてるの?それとも業界自主規制?|相談LINE
http://horitu-soudan.jp/column.php?cid=376

公衆浴場法(以下「法」といいます。)も確認しておきましょう。関係がありそうなのは以下の規定です。

第四条 営業者は伝染性の疾病にかかつている者と認められる者に対しては、その入浴を拒まなければならない。但し、省令の定めるところにより、療養のために利用される公衆浴場で、都道府県知事の許可を受けたものについては、この限りでない。
第五条 入浴者は、公衆浴場において、浴そう内を著しく不潔にし、その他公衆衛生に害を及ぼす虞のある行為をしてはならない。
2 営業者又は公衆浴場の管理者は、前項の行為をする者に対して、その行為を制止しなければならない。

公衆浴場法
http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=323AC0000000139

尾﨑弁護士が「刺青がある人が銭湯や公衆浴場に立ち入ることを直接的に禁止する法律はありません。」と仰っているとおり、法にも入れ墨等をしているというだけで入浴拒否できる、と直接的に定めた規定はありません。法によって入浴拒否ができることが直接的に定められているのは、「伝染病の疾病にかかつている者」(法4条1項)のみです。

2 公衆浴場法5条に従って入浴拒否ができる?

そうすると、公衆浴場による入浴拒否が法的に認められる手がかりは、入れ墨等がある人が、法5条の「浴そう内を著しく不潔にし、その他公衆衛生に害を及ぼす虞のある行為」をする可能性があると考えて、「その行為を制止」するために入浴自体を拒否するという方法になりそうです。

ネットの世界をさまよっているとこんなものもありました。
平成29年 2月13日に野党である当時の民進党の初鹿明博議員から政府に対して提出した「入れ墨がある人の公衆浴場での入浴に関する質問主意書」とその「答弁書」です。
「答弁書」を読めば質問もわかるので、「答弁書」をご紹介します。

御質問は、入れ墨がある者(以下「対象者」という。)が入れ墨があることのみをもって、公衆浴場法(昭和二十三年法律第百三十九号)第四条に規定する伝染性の疾病にかかっている者と認められる者(以下「り患者」という。)に該当するか否か、又は入れ墨があることのみをもって、対象者による公衆浴場における入浴が同法第五条第一項に規定する浴槽内を著しく不潔にし、その他公衆衛生に害を及ぼすおそれのある行為に該当するか否かというものであると考えるところ、入れ墨があることのみをもって、対象者がり患者に該当し、又は当該入浴が当該行為に該当すると解することは困難である。

衆議院議員初鹿明博君提出入れ墨がある人の公衆浴場での入浴に関する質問に対する答弁書http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b193069.htm

政府は「入れ墨があるということのみをもってその入浴が「公衆衛生に害を及ぼすおそれのある行為」に該当すると解することは困難である。」旨答えており、そうすると、「入れ墨等があるということだけで法5条を根拠に入浴拒否することはできない。」ということになるかもしれません。

ここでもう1つ、タトゥー医師法裁判でも有名な亀石倫子弁護士の意見もみてみましょう。

「公衆浴場法の4条と5条、そして公衆浴場が『国民の日常生活に欠くことのできない公共的施設』であることを踏まえると、現実に『公衆衛生に害を及ぼすおそれのある行為』をしていないにもかかわらず、公衆浴場がタトゥーがあるという理由だけで入浴を拒否するのは、公衆浴場法の趣旨に反する、つまり法令違反となる可能性があると考えます

銭湯は基本、タトゥーOKって知ってた?https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/tattoo-bath

亀石弁護士は「タトゥーがあるという理由だけで入浴を拒否するのは法令違反となる可能性がある。」旨仰っています。
一方で、入れ墨等をしている人がいる、他の利用者がゆっくりと銭湯に入っていることができなくなることなどから、これは現実に「公衆衛生に害が及ぼ」されているため許されるという考え方もあり得るかもしれません。

3 入浴拒否した場合の銭湯側の責任は?

では仮に「入れ墨等があるという理由だけで入浴を拒否した場合、銭湯側には何らかの責任が生じるのか。」ということについて考えてみましょう。

この点、入れ墨等があることを理由に入浴拒否されたことが直接問題になった判例は見当たらなかったため、外国人であることを理由に入浴拒否されたことから銭湯等に損害賠償を求めて訴えた裁判の判決(札幌地裁平成14年11月11日)を参考にみてみましょう。
同判決は、外国人であることを理由に入浴拒否をしたことは違法であり、銭湯等にはその責任として100万円の損害賠償義務があるとしていますが、具体的には次のように述べています。「O」というのが公衆浴場のことで「A」というのが「O」の管理会社です。

公衆浴場法は,公衆衛生を保持するために公衆浴場の配置基準を定め,公衆浴場業の営業を許可制とするものであって,本件入浴拒否のような,公衆浴場の公衆衛生の保持とは直接関係のない行為についての適法性を判断する根拠とはなりえない。
~中略~
本件入浴拒否は,Oの入口には外国人の入浴を拒否する旨の張り紙が掲示されていたことからして,国籍による区別のようにもみえるが,外見上国籍の区別ができない場合もあることや,第2入浴拒否においては,日本国籍を取得した原告Jが拒否されていることからすれば,実質的には,日本国籍の有無という国籍による区別ではなく,外見が外国人にみえるという,人種,皮膚の色,世系又は民族的若しくは種族的出身に基づく区別,制限であると認められ,憲法14条1項,国際人権B規約26条,人種差別撤廃条約の趣旨に照らし,私人間においても撤廃されるべき人種差別にあたるというべきである。
ところで,Oは,公衆浴場法による北海道知事の許可を受けて経営されている公衆浴場であり,公衆衛生の維持向上に資するものであって,公共性を有するものといえる。そして,その利用者は,相応の料金の負担により,家庭の浴室にはない快適さを伴った入浴をし,清潔さを維持することができるのであり,公衆浴場である限り,希望する者は,国籍,人種を問わず,その利用が認められるべきである。もっとも,公衆浴場といえども,他の利用者に迷惑をかける利用者に対しては,利用を拒否し,退場を求めることが許されるのは当然である。したがって,被告Aは,入浴マナーに従わない者に対しては,入浴マナーを指導し,それでも入浴マナーを守らない場合は,被告小樽市や警察等の協力を要請するなどし,マナー違反者を退場させるべきであり,また,入場前から酒に酔っている者の入場や酒類を携帯しての入場を断るべきであった。たしかに,これらの方法の実行が容易でない場合があることは否定できないが,公衆浴場の公共性に照らすと,被告Aは,可能な限りの努力をもって上記方法を実行すべきであったといえる。そして,その実行が容易でない場合があるからといって,安易にすべての外国人の利用を一律に拒否するのは明らかに合理性を欠くものというべきである。しかも,入浴を希望した原告らについては,他の利用者に迷惑をかけるおそれは全く窺えなかったものである。
したがって,外国人一律入浴拒否の方法によってなされた本件入浴拒否は,不合理な差別であって,社会的に許容しうる限度を超えているものといえるから,違法であって不法行為にあたる

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/644/008644_hanrei.pdf
※PDFが開きますのでご注意ください。

ちょっと長いですが、入れ墨等にも共通する部分があると思われるため、引用しました。
まず、最初に引用した公衆浴場法に関する部分の記載からすれば、入れ墨等のみでの入浴拒否も「公衆浴場の公衆衛生の保持とは直接関係のない行為」にあたり、公衆浴場法違反ということにはならないかもしれません。

次に問題となるのは、民法の不法行為責任(同法709条)が認められるような違法性があるかという点です。

4 外国人の入浴拒否との違い

ここで注意すべきなのは、外国人の入浴拒否と入れ墨等の入浴拒否の違いです。

外国人の入浴拒否は「人種」などその人がもって生まれた固有のものに関する差別であり、その差別の禁止すべき要請が強いと考えられます。他方、今回の入れ墨等は、その人が通常自分で選択して行ったものであり、自己責任という言い方が妥当かはわかりませんが、「人種」などに比べると、その差別の禁止すべき要請は弱いと考えられます。
この考え方は、憲法14条1項後段列挙事由とそれ以外の事由に関する違憲審査基準の違いという形で現れてきますが、これ以上は専門的になりすぎるため踏み込みません。

上記の判例がそのまま入れ墨等に妥当するわけではありませんが、文言から見ると、次の部分は入れ墨等の問題を考えるに当たっても同じことが言える可能性があるかもしれません。

公衆浴場といえども,他の利用者に迷惑をかける利用者に対しては,利用を拒否し,退場を求めることが許されるのは当然である。したがって,被告Aは,入浴マナーに従わない者に対しては,入浴マナーを指導し,それでも入浴マナーを守らない場合は,被告小樽市や警察等の協力を要請するなどし,マナー違反者を退場させるべきであり,また,入場前から酒に酔っている者の入場や酒類を携帯しての入場を断るべきであった。たしかに,これらの方法の実行が容易でない場合があることは否定できないが,公衆浴場の公共性に照らすと,被告Aは,可能な限りの努力をもって上記方法を実行すべきであったといえる。

この部分から考えると、簡単だからといって入浴マナーの指導等の対策を行わず安易に入浴拒否をしているという場合、「人種」に比べると差別を禁止すべき要請が弱い入れ墨等による入浴拒否であっても、違法であり、銭湯側の損害賠償義務が認められる可能性があるかもしれません。

5 観光庁から銭湯に対する働きかけ

そろそろ終わりにしますが、以上を踏まえて、観光庁が2016年頃に発表した「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に関する対応について」を紹介します。「外国人旅行者」に絞っているものではありますが、興味深いことが書いてあります。

入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に際し留意すべきポイントと対応事例
①留意すべきポイント
・宗教、文化、ファッション等の様々な理由で入れ墨をしている場合があることに留意する。
・利用者相互間の理解を深める必要があることに留意する。
・入れ墨があることで衛生上の支障が生じるものではないことに留意する。
②入浴に関する対応事例
(1)一定の対応を求める方法
シール等で入れ墨部分を覆い、他の入浴者から見えないようにする
(衛生的な入浴着等を着用する方法も考えられる)。

入れ墨のサイズが小さく(例えば、手のひらサイズ)、他の入浴者に
威圧感を与えない場合は特別な対応を求めない。

(2)入浴する時間帯を工夫する方法
・家族連れの入浴が少ない時間帯への入浴を促すようにする。
(3)貸切風呂等を案内する方法
・複数の風呂がある場合、浴場を仕分けてご案内する。
・貸切風呂がある施設では、貸切風呂の利用をご案内する。
・宿泊施設の場合、専用風呂のある客室等をご案内する。

入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に関する対応について | 2016年 | トピックス | 報道・会見 | 観光庁http://www.mlit.go.jp/kankocho/topics05_000183.html

銭湯側の内情がわからない部分もあり、様々な考えがあるかとは思いますが、もし仮にこの観光庁からの働きかけを踏まえた対策の検討をせずに、一律に入浴拒否をしている銭湯があるとすれば、一度ご検討いただくことも1つかもしれません。

6 入れ墨等をしている方へ

最後に、入れ墨等をしている方へお伝えしたいのは、まず、入れ墨等をしているからといって銭湯に入浴できないということではありません。
行こうとしている銭湯が、入浴拒否をしているからどうか事前にご確認いただくのがよいかと思います。
そして、仮に入浴拒否をしていない銭湯であっても、自分でもシール等で隠す対策ができないかを検討し、また、仮に隠せないとしてもできる限り威圧感を与えないような対応(ほかの人以上にマナーを意識する等)を心がけていただきたいと思います(この点は、先日行った「サウナの梅湯」内の張り紙にも記載がありました。サウナの梅湯の湊三次郎さんのブログ記事にも同内容の記載がありましたので、是非ご一読ください。)。

※ネットラジオ番組でサウナの梅湯について話した回。

他方、入浴拒否を掲げている銭湯に入ることは、現時点では控えた方がよいかもしれません。
銭湯側の入浴拒否を無視して入場を強行した事案で、以下のように、建造物侵入罪(刑法130条前段)に該当するとした例があるようです。なお、この判決の詳細は不明ですが、即実刑になるということは前科や余罪等があったことが推測されます。

2010年1月、「入れ墨お断り」の看板を無視して入浴施設に入ったとして建造物侵入罪に問われた裁判で、被告に懲役7ヶ月の実刑判決(求刑・懲役1年)が言い渡された[29]。
入れ墨 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E3%82%8C%E5%A2%A8#cite_ref-29

いち銭湯好きとしては、より多くのひとが銭湯文化を正しく、楽しく享受できる世の中になることを望みます。

以下、引用したもの以外の参考記事も貼っておきます。

民族伝統の「入れ墨」で入浴拒否 「合理性を欠く差別」として許されない? - 弁護士ドットコム
https://www.bengo4.com/kokusai/n_784/
温泉の「タトゥー・刺青の方、御入浴お断り」に法的根拠はあるのか - ライブドアニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/11186624/
入れ墨・タツゥーの公衆浴場利用を法的に考える。 | ほっこりと湯の山ブログ
https://yunoyama.jp/blog/mikio/column/12929/
プールや海水浴場の「タトゥー禁止」の看板 守らないとどうなる? - シェアしたくなる法律相談所
https://lmedia.jp/2014/07/07/54303/

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著:ヤギーベ

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