『歌いたい』‐きたりえの視点(14)
14.2014.6.28‐世界中の雨
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半年前。
夏を目前に控えた頃だ。
里英たちはバスに揺られてまっすぐに続く道路を進んでいた。
里英はバスの中ほどの窓辺の座席に座っていた。
隣には同じチームKの阿部マリアが座り、そのひとつ前の座席には同じくチームKの相笠萌。
バスの後方の座席には、SKE48の松井玲奈と高柳明音、そして松村香織が座っていた。
松井玲奈は背筋をすっと伸ばして口をまっすぐに結び、ほとんどまばたきをすることもなくずっと窓の外の景色を見ていた。
松村香織はビデオカメラを回し、熱心にバスの外の風景を撮影していた。
時折スタッフどうしが二言三言会話をしたり、電話で話す声が聞こえたりしたが、それを除けば車内はとても静かであったことを里英は記憶している。
バスは荒れ地の中にまっすぐ伸びている道を進んで行った。しかしその荒れ地は、かつてはすべて住宅街だったところだ。
何度見ても、そのような光景は里英の胸をぎゅっと締めつけた。
少し遠くの河原沿いに、桜の木々が新緑を茂らせて風に吹かれるのが見えた。
その桜は花を咲かせ、そしてやがて散っていったはずだ。
その間に1か月が経ち、そのあともう1か月が経った。
5月と6月の間には大きな隔たりがあった。
里英たちにAKBグループのメンバーにとって非常に大きな隔たりが。
そんな里英が、傷ついた人たちのために何をすることができるのか、まったく分からなかった。
里英たちも深く傷ついていたのだ。
一生残り続けるような深い、深い傷を。
どうやっても言葉に表すことができない気持ちがあった。外部に向けて発信することができない思いがあった。
そのことを考えると複雑な迷路の中に放り込まれてしまったように、どうしようもない無力感を感じた。
何をするべきか、したらいいのか、全然わからない状況だった。
それでも逃げ出すことだけは絶対にしない、と里英は心に決めていた。
ほんの少しでも何かを残すために。誰かのために。
里英たちがバスを降りると、黒と金の色合いのいかめしい戦闘服を着たご当地ヒーローが出迎えた。
彼は頭を深々と下げて、仮面の下から言葉を発した。
「AKBとSKEのみなさん。遠いところからまたこうして来てくださって本当にありがとうございます」
「こちらこそ、また来られてうれしいです」
玲奈がそう言って同じくらい深々と頭を下げた。
他のメンバーもそれに続いて礼をした。
ヒーローに連れられて、里英たちは高台から海の方に伸びているコンクリートの階段を下りて行った。
たくさんの雲が風に流されて行き、その隙間から晴れ間がちらほらと見えていた。
里英たちが案内された場所は海を望む広場で、その真ん中には鐘がつるされた石碑が立っていた。
とても静かな場所だった。これほど静かな場所を里英は他に思いつかない気がした。
玲奈が代表として、石碑の下にそっと花束を手向けた。
メンバーたちは横一列に鐘の前に並んだ。
夏の予感を感じさせる風がさわやかに吹き抜けていき、里英たちの髪をなびかせた。
里英は潮の香りを感じた。
鐘が一度、大きく鳴らされた。
鐘の音は不思議な重みを持って空に、山に、海に、そして町に響き渡った。
里英たちは目を閉じて手を合わせ、静かに祈った。
里英は、鐘の音があまりにも透明感をもって響き渡り、自分の中の何かを共鳴させているのを感じた。
そして何の前触れもなく、里英の閉じたまぶたの隙間から涙があふれ出てきた。あふれ出る涙を止めることは不可能で、あとからあとから流れ出た。
里英の心には、純粋な悲しみが敷き詰められていた。
悲しみは悲しみのままに、里英の瞳の奥からこんこんと流れ落ちていった。
そのうち嗚咽もこみあげてきて、里英はその場にしゃがみこみそうになるのをこらえるので精一杯だった。
それでも里英は、なんとか自分の意思で立ち続け、震える手を懸命に合わせて祈り続けた。
*
野外ライブは、ささやかではあるが、暖かい雰囲気の中でその幕を閉じた。
ライブの最後に、誰もが予期していなかった手紙が読まれた。
ヒーローがその手紙を代読した。
『‐どうかみなさん、笑顔でいてください』
ほんの数行の手紙だったが、その言葉は多くの人の心を救ったと思う。
AKBグループのメンバーも、町の人々も、スタッフも、ヒーローも。
阿部マリアはステージの上で突っ伏さんばかりに泣いていた。
里英はマリアの震える背中を優しく撫でさすった。
多くの人が傷ついたのだ。
それでも私たちは支えあっていくことで、未来へ進めるかもしれない。里英は思った。
子供たちの手と里英たちの手を合わせたとき、里英は確かに未来へとつながる光を感じることができた。
負けない。
里英はバスの窓から、こちらに向かって手を振る子供たちとヒーローを見ながらそっとつぶやいた。
私たちは負けない。だからあなたたちも負けないで。一緒に頑張ろう。
里英は、彼らの姿が見えなくなるまで懸命に手を振り続けた。
*
夕焼けに染まる空を、風に乗った鳥が羽ばたいていく。
未来と希望を形作ったジオラマの横に、七夕の笹がたくさんの願い事を下げて立っていた。
その中の1つの短冊にはこう書かれていた。
『あんにんのスマイル見たい』
そして、その隣にはもう1つの願い事が。
『みんなのスマイル見たい ‐入山杏奈』
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続く