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コンビニとエロ本と裁量権

新卒で入社した会社を辞め、東京から新潟に移る前に1年ぐらい間隔が空いてしまい、29歳で深夜コンビニバイトをした。今はもうないチェーン。冷凍のお弁当が評判だった。

場所は誰もが知る高級住宅街の外れ。お店そのものが一般のコンビニよりひと回り広い。本社直営店で本社から派遣される店長や社員研修生が管理者としてやって来る。

はじめてのコンビニのバイト、正直舐めてた。やることは物凄く多いし、店自体が広いため掃除も大変。深夜なのにお客さんガンガン来る。社会である程度の経験値を積んだはずの29歳がコンビニの仕事を廻せないのだ。

レジ打ちだけならともかく、公共料金支払いに宅配便の受付、ソフトククリーム/中華まんの販売に機器の清掃。各種商品の発注や補充・・。今なら様々なキャッシュレスの取り扱いがあると思う。すごいよ、コンビニ店員さん。

さらに日常ではあり得ない、いろんな出来事を体験してしまった。

・カレーヌードルを投げつけるお兄様。
原因は僕が作った。カップラーメンを作るためのポットが2つある。早朝に需要が多いのだが、ポットの確認を忘れていた。コンセントが抜けてて二つともぬるいお湯だったのだ。そこに工事現場へ向かうお兄さまがカレーヌードルをお買い求めになり、その場で食べようとぬるいお湯を入れた。

「んだこれ!水じゃね~か!!」

すげぇカッコいいオーバースローでその水カレーヌードルをカウンターめがけて投げつけた。僕に対して投げつけた。彼は野球部だったに違いない。麺がふぁあああとクラッカーの紙テープの様に舞う。カッコいい。ついでに黄色いスープも舞う。剛速球ならぬ剛カレーヌードル、ギリギリ避けたが、カウンターは黄色まみれ。剛カレーヌードルのお兄さまは悠々と退店。

・酔っぱらって他店コンビニの会計を試みるおじさま。
相当酔ったアウトローな雰囲気のおじさまが深夜にフラフラと来店された。両手に近隣他店コンビニの商品が沢山入った袋を持っていらっしゃる。相当重そうだ。

突然、その両手の荷物を怒号と共にフロアに放り出す。何事?中身の商品は散乱。その商品を拾って差し上げたら大変感激され、熱いハグ。猛烈に酒臭い。酒以外の不思議な強烈な匂いもする。そしてその商品をカウンターにドガッと置いた。

「いくらだ」

いやいや。それ、他のお店で買ったやつでしょ。おじさまへ一生懸命に説明するけどわかってくれない。それどころか他店で買ったコップ酒を開けて飲む始末。

「俺はお前から買いたいんだ」

仕方ないから棚からガム一つ持ってきてそれを会計してもらった。納得してくれた。そして他店で買った商品を全部贈呈された。お菓子やら歯磨き粉やらおにぎりやら生理用品やら。


・車いすの後ろに立つ正社員。
これは楽しくない話である。

平日夜11頃にやってくる車いすのサラリーマン風の男性がいた。歳は30代前半。服装も容姿もイケてるサラリーマン。カッコいい。

自分で取れない商品があると僕らを呼ぶ。自然と仲良くなって話をするようになった。ヤクルトがこんなに強いとは昔から考えるとありえないとか、勤務先のコーヒーがまずいとか、店内でイチャイチャしているカップルは地獄に落ちろとか、車いすを利用して社内の女の子の体触ったとか。毎日だり~とか。やつは結構なクズのようである。で、エロ本を買う時にも、自分で取れないエロ本は僕らを呼ぶ様になった。

ある日、本社から新卒入社1年目の女性社員が研修で夜11時前後2~3時間入ることとなった。その時間帯は車いすリーマンがお店に来る。

驚いたことに、本部女性社員はその車いすリーマンの後ろにピタリと付くのだ。車いすリーマンが店内にいる間、ずっとだ。その行動がさっぱり理解できなかった。だってコンビニで買い物する時に店員さんに後ろにピタリと付かれたら気持ち悪い以外ない。車いすリーマンも超絶居心地が悪そうだ。

2回ぐらいそんなことがあって、さすがに本部女性社員にモノ申した。

「あれ、何なんですか?後ろにピタリと付かれたら感じ悪いですよ」

こんな答えが帰ってきた。
「車いすでは手が届かない商品をご希望の時に、すぐさま取って差し上げるようにですよ!そんなこともわからないのですか。障害をもった方々は日々大変なんです。日々一生懸命なんです。私たちが支援して差し上げなければいけないのですよ!」

日々大変は500歩譲って認めてやる。確かにバリアフリーではない場所に車いすで行くのは大変だし、エロ本も自分の手では取れない。

日々一生懸命?障害を持った方がみんな日々一生懸命なのか?車いすのあいつ相当なクズだぜ?

そして車いすの後ろに店員がピタリと付くことは支援じゃないし、呼ばれたら行けばいいだけだ。車いすではない人と同じように対応すればいいんだ。そのような感じで少しだけ反論したが、全く理解してくれる雰囲気がなさそうなのでやめた。

車いすリーマンも来なくなった。ごめん。

そんな事もあり、また例の本社女性社員の業務への的をはずれた介入が多くなり、うんざりし始めていた。

仕事は裁量権があればあるほど楽しいし、時間もすぐ過ぎてしまう。疲れも残りにくい。僅かな裁量権的なものに微妙なちょっかいを出されると本当にしんどい。

夜のコンビニ_-_panoramio

そんな時、一緒にシフトに良く入る立教大学の3年生Hクンが提案してきた。Hクンは一緒に剛カレーヌードルをカウンターで受けたり、車いすリーマンと関わりあった仲だ。

「雑誌棚、きれいにしませんか?本屋さんみたいに」

前から気になっていた雑誌棚。誰も気を配ることがなかった雑誌棚。例の本社社員も店長も特に何も言わず。乱雑かつ系統脈絡がない。女性向け男性向け、マンガ、ファッション誌、オヤジ誌、入り乱れている。そして店舗がデカいので雑誌棚の面積自体も相当である。その雑誌棚をH君と整理することにした。

最初に一般的な週刊誌。週刊新潮や文春等々。それから女性ファッション誌。この辺りはH君が強く、カジュアル系からお嬢様、奥様ラインと美しく。そしてストリート系男性ファッション誌にマンガ、コミック、男性週刊誌。平積み棚刺しわかりやすく、メジャーから奥にマイナーと。

そして成人誌。エロ本である。まだデジタルなエロがそこまで普及していない頃だから、エロの需要は雑誌がかなりの割合で担っていたと思う。さらにこの店エロ本が結構売れるのだ。でも、陳列が雑でジャンプの横に結構ハードな表紙があったりして手を出しにくい。

深夜コンビニ、2時から4時過ぎの客足が途絶える時間帯、H君と知恵を凝らして「さらに売れるエロ本棚」を作ろうとしたのだ。

まずは整理だ。男性コミック誌の横からエロ本が始まる。手法は基本中の基本。手前からライト→ディープ&ハード。

一番手前にはお菓子系と呼ばれる、可愛い女子校生がほほ笑むものと思ったら、H君が「女子高生ものはソフトではない」と主張した。「あれは性欲を服に依存している倒錯だ。肌の露出が多いほどソフトなのである!」と。

微妙な話である。そこは年長者として説得した。

「一般的に露出が多いものが、よりエロだと認識されていないか?おまけに変態度合いで言うならば、露出狂の変質者は制服着ているか?露出が多いから変態だろ?」
(露出狂系変質者が制服着ていたらそれはそれで怖い)

無事、「週刊実話」の隣はセーラー服などの制服女子がにっこり微笑む「Cream」が勝ち取ったと思ったら、またしてもH君から物言いが。

「週刊実話」より「週刊SPA」の方がエグくないですか?」

それはホントに楽しくて、二人でエロの何がディープなのか深夜に語りながらの作業。

ある分野が好みの人は次はどの分野に進むのだろうか、と、そんな話を21歳の男の子とする。レジでエロ本を2冊以上買う人のその内容もチェック。
客よ、すまぬ。

「あの方、女子校生ものと熟女ものを買いましたよ!!」
「奥深いなぁ。。。」
「と言う事は、女子校生ものの隣に、熟女ものですよね!」
「むむ。 それは「あの方」のみの特例と考えようぜ・・・」

発注もバイトがするようなお店だったが、意外と発注できるエロ本の範囲が広い。なので自分たちの好みの分野はちょっと手厚くする。H君は女子校生ものを照れながら種類を増やした。君はあれだけ女子高生ものを変態変態と主張したのに、己を変態といったも同然じゃないか・・・。僕が手厚くしたのはここでは当然割愛なのだ。

そして徐々にエロ本コーナーの面積を増やしていく。いきなり増やしたら社員にばれるので少しずつ少しずつ。しかしSM系はやめておいた。表紙が過激すぎる。H君が強く主張した。

結果は徐々に表れ、エロ本すべての種類で売れ行きが伸びた。直営店にもかかわらずやる気なしの店長なのでこちらは好き放題。雑誌に関してはかなりの裁量権があったので目立たない様に気を使い、さらに種類を増やす。店長/本社社員が弁当総菜の売上に気を取られていたのも幸運だった。

壮観なコンビニ雑誌棚が出来つつあった。

中学生ぐらいの男の子が顔赤くしてなかなかハードな本をレジに持ってくる。もちろんレジ袋じゃなくて中身が見えない紙袋に入れてあげる。チョットほっとした表情がいい。

そして中学生ぐらいの子たちはエロ本と一緒に無糖ブラックの缶コーヒーを買うことが多いことに気が付いた。

H君と分析した結果だが、エロ本のみだと余りにも恥ずかしいため何かを一緒に買い、エロ本は「ついで」だと店員に思わせたい。で、一緒に買うのが大人の象徴である缶コーヒー。それもブラックなのではないかと。もちろん二人の過去の経験から導き出した。たぶんあっている。

H君はレジでの会計の途中でも先にエロ本を雑誌用紙袋に入れるという細かい気の使いようをする。特に若い子には。
「俺がH君のレジにエロ本持ってきたら、どうする?」
「もちろん、エロ本放置ですよ、何なら表紙をさらしますね」

エロ本を買うお客さんに饒舌な方はいない。なのでエロ本にまつわる交流はあまりなかった。

一人だけ、16歳ぐらいのヤンキー男子。学校は行っていないらしく深夜に店内を徘徊する。店内で寝っ転がって雑誌を読む。万引きもしていたと思う。
私が「お店の中で床に座らないでよ」と店員らしからぬため口で注意したのがお気に召したらしく時々話すようになった。

そんな彼が女子校生グラビア系雑誌を持ってきた。表紙を開いて、
「この子さ、俺の幼馴染なんだよね。」
「おお!スゲー可愛いじゃん!!今でも付き合いあるの?」
「半年ぐらい前まではあったんだよなー、俺高校行かなくなっちゃって。あいつも同じ高校なんだけどさ。」
「ちょっとパンツとか見えてるけど、幼馴染が出てるのどう思う?」
(相当personalな部分に踏み入った質問をしてしまった。マズイ)
しかし彼は、
「めちゃめちゃ可愛いと思う。でさ、全部脱いでなくて良かったぜ。まあ、どーでもいいんだけど」

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1年近くバイトして新潟に行く時期が決まり、その1か月前にコンビニのバイトも辞めた。H君は「あとは任せてくださいっ」と。

東京離れる前にH君にも会いたかったし、あの本棚がどうなったか興味があったけど時間がなかった。

しかし、店に行く必要はなかった。最寄りの駅のホームで男子高校生数人の話が聞こえてきた。

「あの〇区と〇市の境目のコンビニ、やばいよな」
「そうそう、エロ本凄い量なの」
「あとさ、コンビニなのにsmとか縄とか多すぎね???最近スゲー量なんだけど」

え、SM??? H君!君の趣味は実は女子校生ものではなくて、「SM」だったのか!いいんだけど。

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今回のコロナ禍でエッセンシャルワーカーと呼ばれる方々が大変苦労された。そしてエッセンシャルワーカーに裁量権はあまり与えられないのが常だ。

業務を行う上で、マニュアルも大切だ。でもマニュアルに裁量権が委ねられてしまうと、エッセンシャルワーカーも息苦しい。エッセンシャルワーカーが息苦しいと、お客さんはじめ、関わる方々も息苦しい。

裁量権がエッセンシャルワーカー個々に少しでもあれば、より気持ちよく仕事ができるのではないだろうか。もちろん中には意思表示が苦手な方もいるし、「決める」ことができない人もいる。その人が必要な分だけの裁量権。

社会が個々の裁量権を細かく見定めるのはとても難しい。でも社会の大きさを身の丈に合わせ、サービスと呼ばれるものもそれに見合って身の丈サイズにすればできないことではないと思う。

いろんなことをマニュアルに委ねてしまうのはもったいない時代かもしれない。


そんな思いをこめて。


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#初めての投稿 #コンビニ #裁量権 #エッセイ #ゆたかさって何だろう

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