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さよなら炒飯!最終皿 

朔ちゃん。
中華鍋に炒飯がある。温めれば美味く食べれるはずだ。今は中華鍋にも使えるバーナーがあるのな。凄い火力だぞ。俺の空白の十年間にキャンプ用品も進化していた。炒飯作るのが上手くなったから是非食べて欲しい。そしてここが問題だ。朔ちゃんは必ずここに来てくれる。しかしいつ来るかわからない。でも俺の炒飯は食べて欲しい。
朔ちゃんがいつ来てもいいように毎日炒飯作ることにした。毎日三食炒飯だ。今、俺の体は炒飯でできている。炒飯が手紙書いている様なもんだ。
いろいろ順番がばらけるが許してくれ。

 俺がなんで顔出さないかってことなんだけど。
並木が一言手紙に書いてきた。朔ちゃんが優衣ちゃんを連れてくると。俺はここに朔ちゃんだけが来るもんだと思ってた。別に優衣ちゃんが邪魔とかそういう訳ではない。
優衣ちゃんってクリスマスに会った子だよな。すごい印象に残っているんだよ。俺は他人がやった事に興味はあるけど、人そのものに関心がない。でも彼女は幸せになって欲しいって心から思うのよ。なんでかな。まあ、人様のお嬢様だから何ができるかって言えば出来ないんだけどね。そういうの朔ちゃん上手いだろ。いい案があったら教えてくれ。

今回の件で朔ちゃんに言っていないことがいくつかある。それを話すにはまだ整理が出来ていない。申し訳ないのだが、少し待ってくれ。この短期間に俺の身(朔ちゃんもそうだと思うが)に起きたことにまだ慣れていないのかもしれない。そして朔ちゃんだけでも手一杯なのに優衣ちゃんと会う事に俺は準備が出来ていない。
とにかく俺は二人の姿を見てからすぐさま森の陰に走る算段だ。

 金龍飯館だ。最初に店に入った時、ヤンの身のこなしに驚いた。体幹を支える大きな筋肉のバランスがすごくいい。細かい筋肉も良く動いている。朔ちゃんもそのあたりの筋肉のしなやかさは凄いものがある。でもヤンはとんでもないレベルだ。あれはスポーツで作り上げた筋肉とかバランスじゃない。

一度、ランチの一番混んでいる時間に凄いもの見た。カウンターの中にいるヤンの上に棚にあるボウルが落ちてきた。ヤンは体の軸を全くずらさずそれを避けた。まるで体が平行移動している様だった。それを見たからかどうかわからないが、ヤンに底知れない何か闇の様なものを見てしまった。俺はヤンに少し壁を作った。でもヤンは俺が作った壁をいつの間にか溶かしてしまう。
ヤンはいつの間にか人をコントロールする。ランチの時、なかなかメニューを決められない客がいる時のヤン、憶えてるか?顔近づけて何か言ってただろ、いつもありがと、とか。その後客はすぐに何にするか決めてたよな。あれは意図的に客から判断を奪ってたんだ。その巨大バージョンが新興宗教とかナチスだ。考えさせない。決めさせない。俺にとっては地獄だ。 

朔ちゃんを飛ばしてヤンが俺に接近してきた。俺たちの情報をもっと有効活用しようと。最初は俺も乗り気だった。でも自分で決めたことなのに、それがヤンの指示をなぞっている気がしてきた。自分の中にヤンが住み着いている様な気がしたんだ。気持ちが悪いってもんじゃない。だから俺たちが軌道に乗ってしばらくしたら金龍飯館から離れた。朔ちゃんは何か腑に落ちない顔をしていたが、あれ以上あそこにいると俺はやられていた。
しかし朔ちゃんはそんなものには関係がなかった。ヤンになびかない。いつもお気楽に炒飯運んでいるだけだ。朔ちゃんが俺の命綱だった。
朔ちゃんの何がヤンを跳ね返すのか、それはわからない。朔ちゃんがそんなものを持っているとは全くわからなかった。ヤンは朔ちゃんをあきらめた。俺はヤンやリーと何とか適度な距離を保ち、利益が出る情報を細切れに流した。いい金になったはずだ。あいつらも俺に過度に踏み込まず、利用した。金龍飯館と朔ちゃんを使うみかじめ料ってところだ。
あいつらが外でやっていたことは俺は関わっていない。何をしていたかは想像つくけどな。

いろんな口座から金がなくなっていたと思う。俺も何とかして金を引き出そうとした。でも時間があまりにもなかった。むちゃくちゃな方法で準会員になった漁協から二千万。これは現ナマで出せた。他にまともに引き出せたのは偽名で作った七つほどの信用金庫六千万がぎりぎりだった。
ごめん。その六千万はほとんどない。警察が迫っていた。時間がなく、ものすごくテンパってたんだ。ブラジルの製薬会社に取り敢えず突っ込んだ。認知症を緩和する薬とかいい材料があった。でも俺が突っ込んだのはブラジルのドラッグストアチェーンだった。間違えたわけだ。たった六千万だったがいきなり株価が動いた。小汚いドラッグストアの株に六千万ぶち込まれたら、そりゃ動く。そうなると噂が噂を呼ぶ。凄まじい値動きをし、結果とんでもない安値になった。すまん。

他の口座から誰が引き出したかなんだけど、もちろんヤンだ。
でも朔ちゃんのところに月々いくらか振り込まれてないか?俺のところには月十五万ぐらい振り込まれている。丁寧に新しい偽名の口座を作ってあった。俺が上越新幹線に乗ろうとしてベンチから立ち上がりバックパックを背負おうとしたら、バッグの上にキャッシュカードが入ったポーチがあった。だったら先にその口座作ってくれよな。小汚いドラッグストアに突っ込まずに済んだ。
言えるのはヤンって相当やべぇ奴だ。


嶋津は十五万で僕は三十五万。ちょっと笑ってしまった。



肝心な話をしていなかった。並木だ。
あいつは俺との通信手段に新聞というオールドメディアを使った。新聞広告だ。この街には三條新聞という地域の新聞がある。周辺市町村あわせて四万部ほど。普通この規模の街だと、その類の地域メディアは週一から週二程度の発行だ。それが日刊。毎日発行している。ちゃんと十面ある。凄くないか? 
内容は市議会、草野球大会の開会式、道の駅のイベント、火事、交通事故、死亡広告。テレビ欄の番組紹介は見ものだ。最後のオチぎりぎりまで書いてある。サスペンスなんて犯人がわかっちまうんじゃないかとドキドキする。広告もよっぽどのことがない限り即日で載せてくれる。審査とかその辺はよくわからない。
俺は今、スマホとか持たないようにしている。朔ちゃんが辿ってくれたアカウントはネカフェからログインして、予約投稿した。どんな形で足がつくかわかんないからな。一応指名手配犯だ。だから街に降りて毎日違うコンビニで新聞三紙買う。リーとかヤンの炒飯が絡むニュースが出てないかってな。手配犯には新聞は強い味方だ。マーケットも知りたいし。そしたら三條新聞に広告が出てるんだよ。

『キャッチャーへ。ショートから伝言あり。内角高目』

ショートってあいつしかいないだろ。
日刊のローカルメディアに広告を出す。いいアイデアだ。手配犯は情報を欲しがり新聞を読む。並木の読みは鋭い。全国紙の地域版に出すと、結構人の目に留まる。金融商品取引法の時効、五年待たずに捕まっちまう。
広告にhttpsから始まるアドレスがあるんだよ。しょうがねぇからネットカフェでアクセスした。入るのに身分証明書とか必要だろ。免許証、偽名で作ったものがあるからそれ使った。それでも緊張する。並木は手配犯に酷なことさせる。
ウェブはアンケート形式になってた。設問は俺とか並木とか朔ちゃんしかわからない事。監督の名前から監督の借金、監督の元、前、今の奥さん。あとは俺たち三人が飲んでたチェーン店の居酒屋の名前。それと0.295。俺たち以外誰もわからないやつが15問。行きついた先にはファイルが2つあった。俺と朔ちゃんに宛てた手紙だ。プリントアウトしておいた。

朔ちゃんへの並木からの手紙はテーブルに置いてある。
後で読んでやってくれ。

あとUSBメモリだな。あれはヤンが俺に接触し始めた時に作った。俺の美しいダンスを入れるとそのインパクトで他に隠しフォルダがあるかなんて想像できないはずだ。それも朔ちゃん用のPCでしか見えない。我ながらよく考えた。
そんなことした理由だ。ずっと嫌なイメージがあったんだ。ヤンの足元で俺たちが上手くやりおおせる気がしない。でも何かが起きた時、朔ちゃんは上手く立ち回る気がした。俺は無理だ。前科みたいのがあるしな。だからあらかじめ俺が逃げる様な場所を探した。最初は奥多摩のキャンプ場にした。その後は用心のために高校の部室とか監督の家とかちょくちょく変えた。



嶋津からの手紙はまだ続いている。日が傾き、少し冷えて来た。焚火台に薪を放り込み、火をつけた。荷物を漁るとコーヒーを淹れるセットと常温保存の牛乳が出て来たので、お湯を沸かし、優衣ちゃんにはカフェオレを作った。優衣ちゃんは焚火に夢中になっている。



並木からの手紙にもたぶん書いてあると思う。並木が絡んでいた。球審も絡んでいた。球審の五十嵐さんに会うか、と言えば会わない方がいいだろう。向こうもたぶんそうだろう。今となれば感謝しかない。
並木のおっさんとのコミ力って、ようこちゃんアカウントで磨かれた気がする。たぶんそうだ。あいつはどこへでもいける。
朔ちゃんだけパクられたのは本当に悪かった。ヤンから連絡が来て、朔ちゃんをどうするかは勝手にしろと。朔ちゃんは俺と違って理不尽な事があっても無茶な反抗はせず冷静に対処できるはずだ。むしろパクられた方がいいと思ったんだ。法を犯していないしな。
一つだけ。ヤンはこの後必ず接触してくる。何年後かわからない。何が目的かもわからない。そしてそれが本当にヤンなのかもわからない。ヤンみたいのはそこかしこにいる。引っ張られて闇に引きずり込まれない様にしないと。

朔ちゃんは変わった。
昔は俺の言いなりのピッチャーだった。その朔ちゃんがあのカウンセリングの会社の時に俺を追い込んだ。何がそうさせたのか考えた。それは危機感だと思う。俺は朔ちゃんと再会する前、借金まみれだった。俺は辛うじて危機感で立っていた。覚えてるか?借金キャラバンの話。危機感がなく、判断を失ったクズたち。危機感が判断を揺り動かし人を動かすんだ。カウンセリング会社のカウンセラーたちは天才社長から判断する力を奪い取られ、言いなりになった。
そして金龍飯館の炒飯だ。すげぇ美味かっただろ。そこだ。ヤクザって舎弟を取り込む時に最初にメシの面倒を見る。次に金、女。それを施されたら取り込まれる。判断させない。自由を奪う。俺たちは食い物を常に施されていた。そしてヤンのカリスマ的な何か。

でも朔ちゃんは周りから見ると何だかんだで自分のペース。取り込まれる気配がないんだ。クリスマスの夜、朔ちゃんが優衣ちゃんに言ったことを俺は今でも覚えている。素敵なことを素敵だって言うことは大事だと。周りに左右されない。強くて柔らかいものを朔ちゃんは既に持っていた。
そんな朔ちゃんに俺は救われた。
そして突如生まれた朔ちゃんのぶっ飛んだ判断力。それは株の取引で生まれたんだと思う。株取引は情報の取捨選択の判断、そして決断の繰り返し。それは生き残るための危機感だ。危機感が判断力を生み、そして自由を作るのかもしれない。
とりあえず俺たちは生き残った。

 ここは俺の土地だ。俺が買った。指名手配犯が土地の登記とか結構大変だった。こんな山奥でデカイ土地がいきなり動くと噂になる。でも金さえあれば何とかなる。良い司法書士を見つけた。
前に理想のキャンプ場の事、話しただろ。そんなところどっかにないか探した。そしたら皆既日食観測記念碑から少し離れた場所にゴルフ場の跡地みたいなところを見つけたんだ。小さくなだらかな丘陵地帯。それがここだ。見つけてくれてありがとう。悪くないだろ。もう少し整備したらみんなで来てくれ。

 追伸。金貸してくれ。キャンプ場買ったら金なくなっちゃった。



手紙はそこで終わっていた。

どこに行くのかわからない飛行機が高い高度で雲を引く。夕陽が辺りを少しづつ茜色に染めはじめた。もうすぐここには雪が降る。雪が降り積もり、そしてそれが溶け、しばらく経ったらキャンプ場は形になっているはずだ。その頃にキャンプ道具一式持って来ればいい。並木や由美ちゃん、優衣ちゃんも一緒に。五十嵐さんに声を掛けたら来るだろうか。嶋津がまた逃げてしまうかもしれない。

これから優衣ちゃんと並木、由美ちゃんはいろいろなものを埋めていくことなるのだろう。嶋津や僕は何を埋めることになるのか、よくわかっていない。何ものになるのか、何ものとは何なのかもよくわからない。でもとりあえず僕らは動き始めた。次に何に向かって動くかは分からないが。動いている時に見える景色が違うはずだ。
とりあえず持って来た冷凍の枝豆と、缶ビール四本のうち二本をテーブルに置き、後の二本は持って帰る事にした。
ビールを置いておくだけでは寂しいので手紙を書く事にする。

「始める時は連絡する。投げるのは俺だから、ちゃんとサイン出して構えて炒飯作ってろよ」

優衣ちゃんと嶋津のベースキャンプを後にした。優衣ちゃんが言い出す。「私、朔ちゃんがボール投げるところ見たことない、お父さんもお母さんも嶋津くんも当たり前だけど見たことあるよね。投げるの見たいな」
優衣ちゃんは嶋津のテントの中にあったたボールを僕に渡した。そのボールはやけに僕の手になじんだ。あの時はツーアウト満塁だった。今のカウントは分からない。助走をつけて投げた。

ボールは放物線を描き、最後は丘陵地帯の外れまで転がり見えなくなった。



 

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