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短編小説『誰も死なないはずの夜』

俺文庫 【誰も死なないはずの夜】

第一話 お前を殺す
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「まただ!また女の子が死んだ!」

そう言って真也は金麦をゴクゴクと喉へ流し込み、缶をこたつの板へ強く置いた。

「あははは(笑)そういうもんでしょ」

人が死んだと言うのに、葉子といったら無邪気な笑みで軽く流した。

「何でコイツらこうも人を殺したがるんだ!」「そりゃぁねー、何か起きないと面白くないじゃん?」
「誰も傷つかない小説ってねぇのかな?」

胃をさすりながら苦笑する真也に

「あっても売れないでしょ(笑)」

と相変わらず少女の様な笑みで葉子があっさりと正解を言う。

「あー…何も起きない小説が読みたい」
「例えば?」
「… 今日も犬が吠えていました、とか」
「あはははは(笑)ただの日記ね、それ」
「… 健診でひっかかったけど再検査でダイジョブだったとか」
「くだらねぇー!あたしは読まないわ(笑)」

くだらない割りに腹を押さえてゲラゲラと笑う葉子を見つめながら真也は考えた。

(…あ、今この瞬間が小説になれば良いなぁ。こんな幸せな時間だけが過ぎる小説が…)

「あ!」
「っん!何!?」

突然大きな声を出した真也に驚いた葉子は、口に含んだ酎ハイをこたつの板に少し吹き出した。

「何も起きない小説を俺が書こう!」
「はじまった(笑)」

イタズラを仕掛ける前の少年のようにニヤニヤしながら鉛筆を取りに行った真也の背中に、葉子は呆れるも暖かい視線をおくっていた。

「ねぇ、ノートない?」

鉛筆を鼻の下に挟みながら聞いてきた真也の唇はタコのようにとがっている。

「ノートじゃ絶対続かないでしょ(笑)」
「…確かに」
「スマホに書けば良いじゃん」
「…確かに」

持ってきた鉛筆を小走りに戻しに行く落ち着きのない真也の背中に、今度はしっかりと呆れた視線をおくり、酎ハイを一口飲んだ。

「誰か殺したら?」
「ばか!縁起でもねぇ!」
「殺さないとあたしは読まないわよ?」
「じゃあ飽きてきて、気が向いたら殺すから」
「じゃあ意外と早く誰か死ぬわね(笑)」
「ふふふふ」

真也はワクワクしながら思った。

(これだ、これなんだよ!誰もストレスを感じない小説。これが必要なんだ!)

スマホに向かいながら何分経っただろうか。金麦も酎ハイも二本目が空になろうとしていた。葉子は真也を気にすることもなく、水曜日のダウンタウンに見いっていた。

クロちゃんのゲスさに真の呆れ顔をしていたとき突然、

「ダメだ!」

真也はスマホをこたつの板に乱暴に置き、仰向けに倒れた。

「っん!また、もーぅ、こぼしたじゃん!」
「いきなり書くったって書けねぇ!」
「はははは(笑)そりゃそうでしょ」
「…飽きた」
「はや!早すぎでしょ!ちょっとは楽しみにしてたのに(笑)」
「…。」
「やめるの?」
「…殺す」
「あはははははははは(笑) 誰を?」
「…お前を殺す」
「えーーーー!?あたしなの!?ひどい!」

そう言われた真也は、小説の中でも妻を殺すことを一度でも考えてしまった自分に後悔し、神にザンゲしたい気分になった。

「…ごめん!やっぱ後輩を殺します!」
「あはははははははははははは(笑)」

葉子は危うく殺されかけた事など気にもせずといった感じで爆笑していた。

こうして、何も起きない一日目の夜は過ぎていった。

*******
第二話 大悪魔降臨
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「お、書いてるねー!偉い偉い(笑)」

冷蔵庫から出してきた缶酎ハイと金麦をこたつに置きながら、葉子は真也の手元のスマホを覗き込んだ。

「人のスマホ勝手に覗くなよ!」
「え?普段見られちゃいけないモノでも見てるのぉ?」
「揚げ足とるってそれの事だって知ってた?」「はいはい、ごめんなさーい(笑)」

真也をこれ以上深追いすると、めんどくさくスネるのを葉子は知っている。

真也は眉間にシワを寄せながらスマホに向かって親指二本を滑らかに動かしている。

「今回は三日坊主、阻止できるのかなー??」

小悪魔な笑みを浮かべる葉子に、少し低いトーンで不機嫌そうに真也は聞き返した。

「今回はって、前はなんだよ」
「筋トレ」
「俺より君がやった方が良い」

真也は小悪魔の微笑みを返品した。

「えー!?揚げ足とるってそれの事だって知ってた?」
「自分で座布団取ってきて(笑)俺今忙しいの」

結婚して10年も経つと、揚げ足の取り方が上手くなるらしい。楽しく揚げ足取り合戦を3ターンほどやったところで

「で、誰か殺した?」

不謹慎すぎる言葉が水をさした。

「恐いこと言うね、まだ心の準備がよ…」
「不治の病でも良いんじゃない?ジワジワ死んでいくの(笑)」

(悪魔は天使の顔を持つと言うが、どうやら本当らしい…)

無邪気に笑う葉子を見て真也はそう思った。

「そう言えばセカチュウも、膵臓食いたいも病気だったね。」
「そうね。だから売れたのよ。突然死なれてもなんのドラマもないわね(笑)」

(自分が今突然倒れたら、葉子はどう思うのだろうか…)

そう考えたら真也は背筋がゾッとした。

「なんか嫌だなー、考えるだけで辛くなってくるわ。軽い病気にしようよ」
「例えば?」
「… 虫歯とか」
「弱っ!っははははは(笑)」
「昔は虫歯が死因のトップだったんだよ!?」
「いつの昔よ(笑)」
「江戸時代」
「江戸かっ!江戸かっ!っはははは(笑)」

タカアンドトシ風に何度も突っ込む葉子はとても可愛いと思わせたと同時に、真也の心に火をつけた。真也は金麦をグイッと一口流し込むと

「わかったわかった!病気で殺すから。それはそれはジワジワと恐ろしくね」
「おーおーそれだよ!解ってきたねぇ君ぃ」

どこかの博士口調になった葉子は柿ピーを口に運んだ。

「んで、ポリポリ誰がポリポリどんなポリポリ病気にポリポリ…」
「柿ピーを食いすぎて太って生活習慣病で死ぬ女の子とかどう?」
「小説が完成する前に間違いなくあなたが殺されるわね、何のドラマもなくね」

小悪魔は大悪魔へ進化を遂げたようだ。その視線は冷気をまとい、見えない刃でグサグサと真也を刺している。

小説の進展がないまま、気がつけば二人は録画した水曜日のダウンタウンに見いっていた。クロちゃんが女の子にアクセサリーをプレゼントし交際を申し込んだが、断られた所だった。

「これだ」
「え、何?クロちゃん刺されちゃう?」
「いや、アクセサリーだ。これならドラマチックだ」

TVが気になり、小説にさほど興味もなさそうな葉子に真也は勝手に説明を始めた。

「男がネックレスをプレゼントしてプロポーズするんだ。」
「ほう…ポリポリ…クロちゃんパクったの?」
「プロポーズは成功するの。でも彼女、金属アレルギーなんだ。」
「弱っ(笑)っははははは!まぁ、でも金属アレルギーは辛いらしいね」
「金属アレルギーって事を3年も隠してネックレスを着け続けた結果、余命があと半年になって。で、最後は首が腐ってゴロンと…」

「ぶわっははははははは!腹痛い(笑)!」
「大分グロいな…ストレスフリーとは程遠い」

「あんたあたしを感動させたいの?それとも笑わせたいの?ひどいよその話!(笑)」

自分の想像したストーリーに胸焼けを起こした真也は早々に寝室に逃げていったのであった。


*******
第三話 向こう側 
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「やっぱ辞~めた。」

スマホをこたつ板へ雑に放り投げた真也は、金麦をグイッとやった。

「何を?ポリポリ…」

柿ピーは葉子の口元で小気味良い音をたてて遊んでいる。

「誰かが死ぬ小説。」
「ぶふふっ(笑)そう、じゃあ誰かが命拾いしたわね!あはははは(笑)」

真也の早い諦めは、葉子にツボったようだった。

「…そうなるね、俺は命の恩人だね。」
「殺人未遂者の間違いでしょ(笑)」

葉子の的確なツッコミに、真也は苦笑いしながら続ける。

「だってさ、俺は最初に言ったじゃん。」
「なにも起こらない小説を書くって言ってたわね。」
「そう。やっぱり嫌なんだ。誰かが死ぬストーリーは。」
「ふふふ」

優しい表情で葉子は微笑んだ。
真也は金麦を眺めながら、思い詰めたよに言った。

「俺は弱いんだ…。」
「…どうして?」
「俺は誰かが死んだり病気になったりする事に向き合う自信がない。」
「誰だってそうよ。」
「自分自身が病気になるのも死ぬのも嫌だ。」
「誰だってそうよ。」
「じゃあなんで人が死ぬ本が売れるんだ?」
「ほとんどの人はね、予期せぬ事が起きないと、平凡な日常の有り難みなんて感じれないのよ。だから小説にソレを求めてしまうの。」

やはり葉子のツッコミは的確に真也を射る。

「だとするとその人達は想像力に欠けているね。」

真也は不機嫌そうに顔をしかめた。

「…でも、私達もその人達のために居るって事を忘れてない?」
「…そうだった。俺たちの役目…忘れてたな。」
「向こう側には読者がいるのよ?」
「…そだった。平凡に生きている人も。病気と戦っている人も。」
「大切な人を亡くした人も。」

葉子は柿ピーを見つめた。

「あ、俺たちを書いているアイツもいる(笑)」
「はははは(笑)あなたとそっくりのね(笑)平凡というか、変な(笑)」
「そんなこと言うと死ぬ役くるぞ(笑)」
「大丈夫。あたしはアイツのお気に入りだから絶対死なないわ(笑)」
「だっはっはっはっは(笑)一話目で殺すって言われたのに!?(笑)」
「ね~!ひどいよね~!あたしの本体に蹴られたら良いのに(笑)」

真也は本体の無事を心から祈った。

「でもさ、いくら小説とは言え、俺たちも平凡な奴らのために殺されちゃぁたまんないよな!」
「あらそう?セカチュウも、膵臓ちゃんも幸せそうだったよ?」
「膵臓ちゃんて…」
「あたしもちゃんと幸せよ?あなたと10年以上居られたし(笑)」
「設定ではね。実際は三夜。」
「寂しいこというのね~、あなたは幸せじゃなかったの?」
「幸せに決まってんじゃん。何も起きない三夜だった。最高じゃん(笑)」
「何も起きないって?それなにり濃かったわよ?あたしは満足(笑)お腹いっぱい(笑)」
「柿ピー食いすぎなんだよ!三日で太ったよね(笑)」
「は!?あっちで蹴られろ!(笑)」

葉子は真也を蹴る真似をした。

「…さて、俺たちをどうするんだい?平凡な奴らのために殺すのか、戦っている人のためになにも起こさないのか…みんなをただ笑わせるのか(笑)」
「そうよ、しんや!はっきりしなさい!そしてちゃんと蹴られなさいよ!(笑)」

えっ!?
え、あっ!?
うそっ!?

ふ…二人はいつまでも幸せに暮らしました!!
葉子は太りませんでした!!!!!
むしろ痩せました!!

めでたしめでたし(笑)
蹴らないで!


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俺文庫【誰も死なないはずの夜】完
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エピローグ

「また三日坊主ね(笑)」
「それを言うな(笑)」
   ~完~


三話全て読んでくれた人ありがとう!あなたが少しでも笑ってくれたら嬉しいです。あなたが少しでも長く幸せでいてくれたら嬉しいです。

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