【2023年2月試聴ぶん】 アンビエント音楽、月間ベスト5
///この記事は歴史的仮名遣ひで書かれてゐます///
3月もすでに半ばにならうっていふタイミングで先月聴いたアンビエントの感想文です。月末に合はせるにはそれ以前から支度しなくちゃいけないんだなぁ。2月は29枚聴きました。その中から順位づけせず聴いた順に5作品を選びました。
ulla 『foam』 (2022.11, 3XL)
冒頭から古のカットアップエレクトロニカを彷彿とさせる音響作家Ulla Strausによる3rdフルレングス的な2022年作。これまで通りやはり音楽的な進行には乏しく、あるアイディアやムードを切り取って反復性のフォーマットの中に再構築して提示してみせるやうな音響作品がアルバムを占める。素材の選定と配置には、音として派手で耳につくものも多く、ふだん聴きとして部屋に流してなじむやうな「アンビエント」的な気楽さには乏しい。構へて聴かせるつもりであることは、冒頭からの音響処理の細やかさや低音の処理でもすぐにわかるが、かういふ作品に触れて気づき直すのは作家側は「アンビエント」をやってゐる意識はなく、聴き手側が「アンビエント」として解釈して聴いてゐるといふ関係のことだ。このアルバムはながら聴き流し聴きを許すやうなところはなく、トラックごとの輪郭もハッキリしてゐる。「環境」音楽としてでなく、作品としてそれぞれがより超然として聴こえることは、作家性の追求と深化としてポジティブに捉へられるべきものだらうと思った。
それでかつてのエレクトロニカと何が違ふのかと思ったが、彼女においては素材がカットアンドペーストするやうな「薄い」素材でなく、現代的な音響処理といふ奥行きとともに積層されてゐる。だから絵画的といふより彫刻的に響くといふイメージだ。やっていることは素材を積み重ねてゐるわけだが、出来上がりを聴くと彫り込んだやうに聴こえる。だから私はこの作品を彫刻的な音響作品だと評したい。
またullaの魅力の一つとしてベース使ひの巧みさがあると思ふ。短く的確に鳴らされる太い低音がこれまでの作品よりも一層上物が散らかりがちで流れるトラックに、無くてはならない締まりと緊張をもたらしてゐる。このアルバムでは彼女のその巧みさとトラックにおける役割がより際立つ結果となったと言へるだらう。(すなわちそれなりのスピーカーで腹に響かなければ魅力は果たして伝はるのか分からない…)
アンビエントとしては注意を引きすぎてイマイチだが、新鮮な聴取体験の快楽をもたらしてくれる第一級の作品だと思った。
picnic 『creaky little branch』 (2022.9, Daisart)
飽和系空間サイケデリアとし評した1stから同傾向のep?を挟んで2ndフルレングスとしてみなしてもよからう、picnicの2022年作。ときに強迫するやうな音響で押し切った1stとは打って変わり、チリチリポコポコとしたノイズ音をはじめ、フィールド録音の扱ひ、モコっとした音色には共通のものを用ゐながらも、全体として前作の迫るやうなところはなく、ぐっと落ち着いた趣を異とした作品となってゐる。音響的だった1stから2ndはずいぶん音楽的になったなと感じさせる一番の要素は、1曲目から深い残響のもと導入され全編に渡る前作には無かった?ピアノの存在だ。これが物憂げに作品全体にに抒情性を加へてゐる。何か特定の用途に限定されてゐたかのやうな1stから、ある種のムードを醸したり、支へたりするものとして、作品はアンビエント性を増してゐる。
揺籃するドリームアンビエントは、そして依然としてサイケデリアである。ただし今度はafterglowとして。
Forest Management 『Closing credits』 (2022.6, not on label?)
イリノイ州シカゴ市の人John Danielによる2022年作。この人には2017年に『Isolated Moments』といふ1トラック54分の傑作の純ドローン作品があるんだけど、その路線(2曲目とか)で作ったっぽい10分未満のトラックを5つまとめたEP的作品。どれも曲の始まりも終はりもないやうな感じで、ずっと鳴らしておける感じ。かういふのすごい落ち着くから好きなんだ。つまらないリリースも多いけど。
bahía mansa 『botánica del olvido』(2021.6, not on label?)
Bandcampの2022年アンビエントベストにも選定されてゐて私も気に入った『boyas + monolitos』のひとつ前、半年くらゐ前の作品になるらしい、チリのIván Aguayoによるbahía mansaの2021年作。ちなみにbahía mansa(バイアマンサ)といふのはチリ南部にある地名及び湾のことらしい。日本語の曲タイトルや雰囲気、付されたhypnagogicといふタグからも、もしかしてこの人はVaporwave筋の人なのかな?って思ったけど、本当のところは分からない。ヒプナゴジックといふのは入眠時幻覚ないし半覚醒状態をも包含する言葉で、Vaporwaveのアンビエントサイドのサブジャンルの一つであるDreampunkの界隈で2015年前後に付けられられてゐたタグのやうなんですね。例へば自分がhypnagogicとして認識してゐるのはGolden Living Roomのコレとか。
ともかく夢か現(うつつ)か分からないやうな辺りにある幻想的なサウンドスケープが展開されるのは次期作とも共通するらしい。セミモジュラーシンセのロングトーンやしづく、フィールド録音、包み込む残響、ピアノやギター、時にはバイオリンなどの生音も交へつつ微睡(まどろみ)に耽るやうな音風景がゆっくりとゆったりと流れる。私は『boyas~』もいたく気に入ったけど、むしろこっちとかさらに後続の作品の方がよほど出来が良いんぢゃないかな?って思ふ次第となった。といふのも『boyas~』は先月のレビューで飽和系と称したやうに音が充満して詰まっていく感じの曲が多く、あとこの人の音色使ひの好みでもあるらしいギラついた音色とも相まって、アンビエントとしては過剰にうるさいところのある作品なんですね。 だけどこの作品では、それなりの盛り上がりはあるけどピークにベタ付くやうなところがなく、どの曲もアルバムを通してもリラックスして聴ける。やはりやりすぎは禁物なんだな。本当に良いです。ずっと布団に入って聴いてゐたいです。
ちなみにリリースノートに「 I write, erase, rewrite Erase again, and then A poppy blooms. (Katsushika Hokusai). 」との引用があるが誤りで、正しくはTachibana Hokushi、金沢で刀研ぎを生業としてゐたらしい、芭蕉十哲の一人とされる立花北枝で、英詩は彼の句「書(い)て見たりけしたり果はけしの花」の英訳のやうです。それでちょっと思ったんですけど、この作品や、もっと広く音楽のもたらす癒し、痛みを和らげる鎮痛的な作用を思ふとき、ここでポエム好きっぽい彼(Iván)が北枝のケシを含む句を引いてきたのははたして偶然なんでせうか。いふまでもなく、花が咲いた後のケシはアヘンやモルヒネの原料となる植物な訳ですが。どうです?なかなか意味深ではないですか??
Carmen Villain 『Only Love From Now On』(2022.2, Smalltown Supersound)
Smalltown Supersoundといふ自分にとってはかなり懐かしいレーベル名(jaga jazzistを聞いてゐたあの頃!)と、妖しく呪術的なコズミックジャズな1曲目がとてもクールだと思ったので入選しました。よろすずさんの2022年ベストの13番目に挙げられてゐました。Bandcampのサポーターとかすごい数だし、ニューヨークタイムズをはじめほか各種音楽サイトにも評が出てるみたいなのでけっこう注目されてる作家なんですね(全く疎い)。アルバムとしては私は尻すぼみになっていくな、といふ印象でした。ほとんどフルート独奏の2曲目とかこれで終はり?って感じだし、インタールードっぽい3曲目を挟んだ4曲目も2コードのあまり工夫のないアトモスフェリック系アンビエントにフルート?の生音を加へただけに思へるし、5曲目はページ開いて最初に流れる設定になってるトラックで、1曲目と同じ路線だけど、別にパッとしないし、、。Huerco.SさんとかActressさんのリミックスリリースもあるみたいです。まあ私としてはイマイチかなといふ感じですけど、押さへておけて良かったかなって感じです。
からうじて2ヶ月続きましたね。アンビエント熱はまだ冷める様子もないので聴き散らし防止と振り返りのためにもこの記事は今後も継続したいと思ひます。読んでくださってありがたうございました。