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なぜ制度が国の豊かさを左右するのか? 理論とデータで受賞者たちが明かす真実

本年度のノーベル経済学賞が10月14日夜(18時45分頃)に公表され
・Daron Acemoglu氏(MIT)
・Simon Johnson氏(MIT)
・James A. Robinson氏(シカゴ大学)

の3名が選ばれました!

Ill. Niklas Elmehed © Nobel Prize Outreach

彼らの受賞理由は
”for studies of how institutions are formed and affect prosperity”
「制度がどのように形成され、繁栄に影響を与えるかに関する研究」

に対して。ノーベル賞選考委員によるプレスリリースはこちらです。


以下では、ノーベル賞の公式ウェブサイトに掲載された資料のうち、今年度の受賞者の業績を非専門家でも理解できるように分かりやすくまとめた
Popular science background: They provided an explanation for why some countries are rich and others poor
の日本語訳を掲載します。(訳出には「ChatGPT 4o」を主に使用し、明らかな誤訳や不自然な箇所は安田が修正しました。また、強調すべきだと感じた内容については何箇所かを勝手に太字にしています。ご了承ください)

より専門的な内容に関心のある方は、以下のページからDLできる
Scientific background
をご覧ください。(pdfファイルで全57ページの詳細な解説です)



彼らは、なぜある国々は豊かで、他の国々は貧しいのかを説明した

今年の受賞者たちは、なぜ国々の繁栄にこれほど大きな違いがあるのかについて新しい洞察を提供しました。重要な説明の一つは、社会の制度の違いが持続していることです。ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン、ジェームズ・A・ロビンソンは、ヨーロッパの植民者によって導入されたさまざまな政治・経済システムを調査し、制度と繁栄との関係を示しました。また、制度の違いがなぜ持続するのか、そして制度がどのように変化するのかを説明する理論的なツールも開発しました。

Popular information より

世界の最も豊かな国々の20%は、最も貧しい国々の20%よりも約30倍豊かです。さらに、最も豊かな国々と最も貧しい国々の収入格差は持続しています。最も貧しい国々も豊かになっていますが、最も繁栄している国々に追いつくことはありません。なぜでしょうか? 今年の受賞者たちは、この持続的な格差の一つの説明として、社会の制度の違いに関する新たな説得力のある証拠を見つけました。

©Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences

これを証明することは簡単なことではありません。ある社会の制度とその繁栄の間に相関があるということは、一方が他方の原因であることを必ずしも意味しません。豊かな国と貧しい国は、多くの点で異なっており、その違いは制度だけではありません。したがって、豊かさや制度の種類に関して、他の要因が影響を与えている可能性もあります。あるいは、豊かさが制度に影響を与えているのかもしれません。受賞者たちは、独創的な実証的アプローチを使用してこの問いに答えました

アセモグル、ジョンソン、ロビンソンは、ヨーロッパ人による広範な植民地化を調査しました。現在の繁栄の違いの重要な説明の一つは、16世紀以降に入植者たちが導入、あるいは維持した政治的・経済的制度です。受賞者たちは、これが「逆転現象」(reversal of fortune)を引き起こしたことを示しました。植民地化された当時、比較的豊かだった地域が、現在では最も貧しい地域になっています。さらに、彼らは入植者の死亡率などのデータを使用し、入植者の死亡率が高い地域ほど現在の一人当たりGDPが低いという関係を見つけました。その理由は何でしょうか? 答えは、入植者の死亡率が、その地域の制度の種類に影響を与えたということです。

受賞者たちは、社会が「搾取的/収奪的な制度」(extractive institutions)に囚われる仕組みと、そこから抜け出すことがいかに難しいかを説明する革新的な理論的枠組みも開発しました。しかし、彼らはまた、制度が変化する可能性があり、新しい制度が形成され得ることも示しています。ある状況では、国は受け継いだ制度から脱却し、民主主義や法の支配を確立することができます。長期的には、これらの変化は貧困の減少にもつながります。

これらの植民地制度の痕跡は、現代においてどのように見られるでしょうか? 受賞者たちの研究の一つでは、米国とメキシコの国境にあるノガレスという都市が例として使われています。

2つの街の物語

ノガレスはフェンスによって半分に分けられています。このフェンスのそばに立って北を見ると、アリゾナ州ノガレス、アメリカ合衆国が広がっています。その住民たちは比較的裕福で、平均寿命が長く、ほとんどの子供たちが高校の卒業証書を手にします。財産権は保護されており、自分の投資から得られる利益を確実に享受できることがわかっています。また、住民は自由選挙を通じて、不満があれば政治家を交代させることができます。

一方、南を見れば、そこにはメキシコ、ソノラ州のノガレスが広がっています。この地域はメキシコの中でも比較的裕福な場所ですが、それでも北側に比べると住民ははるかに貧しいです。組織犯罪がビジネスの立ち上げや運営をリスクのあるものにし、腐敗した政治家を追放するのも困難ですが、メキシコが約20年前に民主化して以来、この状況は改善されつつあります。

なぜ、この同じ街の2つの半分が、これほどまでに異なる生活条件を持つのでしょうか? 地理的には同じ場所にあり、気候などの要因はまったく同じです。また、両方の地域の住民は、もともとメキシコの一部であったため、長期的に見れば多くの共通の祖先を持っています。文化的にも多くの共通点があり、食べ物や音楽などは両側で似ています。

決定的な違いは、地理や文化ではなく、「制度」です。北側の住民はアメリカ合衆国の経済制度の中で暮らしており、教育や職業を選ぶ自由があります。また、彼らはアメリカ合衆国の政治制度の一部であり、広範な政治的権利を享受しています。一方、南側の住民は、それほど恵まれておらず、経済状況も政治制度も異なります。今年の受賞者たちは、この分断されたノガレスという都市が例外ではなく、むしろ植民地時代にまで遡る明確なパターンの一部であることを示しました。

植民地制度

ヨーロッパ人が広範な地域を植民地化したとき、既存の制度は劇的に変わることがありましたが、その変化の仕方は場所によって異なりました。ある植民地では、現地の住民を搾取し、自然資源を採取することを目的とした制度が導入されました。一方、他の場所では、欧州の入植者のために長期的な利益をもたらす包括的(inclusive)な政治・経済制度が構築されました。

植民地の性質に影響を与えた重要な要因の一つは、植民地化される地域の人口密度でした。人口が密集している地域では、より大きな抵抗が予想されました。しかし、いったん支配されれば、多くの労働力を提供できるため、利益が見込めました。そのため、すでに人口が多い植民地には、比較的少ないヨーロッパ人が入植しました。一方、人口が少ない地域では、抵抗が少なく、労働力も乏しかったため、より多くのヨーロッパ人が入植しました。

©Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences

これにより、発展した政治的および経済的システムも異なることになりました。入植者が少なかった地域では、支配者層に利益をもたらす「搾取的な制度」が導入され、一般の住民は犠牲にされました。選挙は行われず、政治的権利は極めて限定されていました。一方、入植者が多かった地域、つまり「入植地」では、定住者に働く動機を与えるために、より包括的な経済制度が必要でした。これにより、政治的権利を求める要求が生まれ、利益の一部を共有することが求められました。もちろん、当時のヨーロッパの植民地は、現在の意味での民主主義ではありませんでしたが、人口が密集しておらず、ヨーロッパ人が多く移住した地域では、より広範な政治的権利が与えられていたのです。

逆転現象

今年の受賞者たちは、これらの植民地の初期の制度の違いが、今日の繁栄の違いの重要な説明であることを実証しました。アメリカ合衆国とメキシコのノガレスの現代の生活条件の違いも、主に植民地時代に導入された制度によるものです。このパターンは、植民地化された世界全体で見られ、植民者がイギリス、フランス、ポルトガル、スペインのいずれであったかにかかわらず共通しています。

逆説的に言えば、約500年前に最も繁栄していた植民地は、現在では比較的貧しい地域となっています。繁栄の指標として都市化を見れば、アステカ時代のメキシコでは、同時期の現在のカナダやアメリカ合衆国に比べて都市化が進んでいました。貧しく人口が少ない地域では、ヨーロッパの植民者が長期的な繁栄を促進する制度を導入しましたが、最も豊かで人口が密集していた地域では、搾取的な制度が導入され、現地の住民にとっては繁栄につながりにくい制度が保持されたのです。

Reversal of fortune. In the poorest and most sparsely populated areas, European colonisers introduced societal institutions that contributed to long-run prosperity. After the industrial revolution, this meant that the former colonies that were once the poorest became the richest.
©Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences

この相対的な繁栄の逆転現象は、歴史的に見ても特異なものです。受賞者たちが植民地化以前の数世紀における都市化を研究した際、同様のパターンは見られませんでした。つまり、都市化が進み豊かだった地域は、引き続き都市化が進み、豊かさを維持していたのです。また、植民地化されなかった地域を見ると、同じような逆転現象は見られませんでした。

さらに、受賞者たちは、この逆転現象が主に産業革命に関連して起こったことも示しています。例えば、18世紀半ばの時点で、現在のインドにおける工業生産はアメリカよりも高かったのです。しかし、19世紀の初めからこの状況は根本的に変わり、これは主に制度の違いが原因であることを示しています。世界中で広がっていた技術革新は、より広範な人口に利益をもたらすような制度が確立された地域でしか根付くことができませんでした。

入植者の死亡率

植民地制度の種類を決定する最も直接的な要因は、ヨーロッパ人入植者の数でした。入植者が多いほど、長期的な経済成長を促進する経済制度を確立する可能性が高まりました。さらに、受賞者たちは、制度の違いに寄与したもう一つの要因として、入植者の間に蔓延した病気の危険度が挙げられることを示しました。

致死性の高い病気の蔓延は、アメリカ大陸の北部と南部、およびアフリカの赤道付近の地域で大きく異なりました。同様に、インドにおける病気は、ニュージーランドやオーストラリアよりも英国の入植者にとってはるかに危険でした。植民地時代の死亡率の歴史的統計によると、病気の危険性が高い地域では、現在の経済的繁栄が低く、腐敗が蔓延し、法の支配が弱いことが示されています。これは、ヨーロッパの入植者が導入したか、あるいは利益になると判断して保持した搾取的な制度によるものです。

今年の受賞者たちは、世界中の国々の繁栄の違いに関する従来の説明に新たな次元を加えました。これには地理や気候に関するものも含まれます。モンテスキューが有名な著書『法の精神』(1748年)を出版して以来、温暖な気候帯にある社会は、熱帯地域の社会よりも経済的に生産的であるという考え方が定着しています。確かに、赤道に近い国々は一般的に貧しいという相関関係はあります。しかし、受賞者たちによれば、これは単に気候のせいだけではありません。もし気候だけが理由であれば、この大逆転現象は起こらなかったはずです。熱帯地域が貧しい理由の一つとして、社会の制度が挙げられます。

トラップからの脱出

アセモグル、ジョンソン、ロビンソンは、明確な因果関係の連鎖を明らかにしました。大衆を搾取するために作られた制度は長期的な成長に悪影響を与え、経済的自由と法の支配を確立する制度はそれに良い影響を与えます。また、政治的および経済的制度は非常に長く続く傾向にあります。たとえ搾取的な経済制度が支配者層に短期的な利益をもたらしたとしても、より包括的な制度、搾取の減少、そして法の支配を導入すれば、長期的にはすべての人に利益がもたらされるのです。それでは、なぜ支配者層は既存の経済制度を簡単に置き換えないのでしょうか?

受賞者たちの説明は、政治的権力を巡る対立と支配者層と一般大衆との間の信頼の問題に焦点を当てています。政治制度がエリートに利益をもたらしている限り、大衆は、改革された経済制度に対する約束が守られることを信じられません。自由選挙が行われ、指導者を取り替えることができる新しい政治制度があれば、経済制度を改革することができるでしょう。しかし、支配者層は、権力を譲渡した後、大衆が自分たちに経済的利益を補償してくれるとは信じられないのです。これは「コミットメント問題」(commitment problem)と呼ばれ、克服が難しいため、社会は搾取的な制度、貧困の拡大、そして富裕なエリートに囚われ続けてしまうのです。

しかし、受賞者たちは、信頼できる約束ができないことが、時折民主化への移行を説明することもできることを示しています。たとえ非民主的な国家の大衆が形式的な政治的権力を持たなくても、彼らには支配者層が恐れる「数の力」があります。大衆は動員され、革命の脅威となり得ます。この脅威は暴力を伴うこともありますが、実際には、この動員が平和的であればあるほど、多くの人々が抗議に参加できるため、革命の脅威は大きくなります。

支配者層はこの脅威が最も大きくなると、権力を維持しつつ、経済改革を約束することで大衆を宥めたいと考えます。しかし、そうした約束は信頼できるものではありません。大衆は、事態が落ち着いた後で支配者層が元の制度に戻ることを知っているからです。この場合、支配者層にとって唯一の選択肢は、権力を手放し、民主主義を導入することかもしれません。

受賞者たちのモデルは、政治制度がどのように形成され、変化するかを説明するために3つの要素を持っています。第一に、社会における資源の配分と意思決定権を巡る対立(エリートか大衆か)です。第二に、時折、大衆は動員し、支配者層に脅威を与えることで力を行使できるということです。したがって、社会における力は、意思決定の力だけではないのです。第三に、「コミットメント問題」です。これにより、支配者層が意思決定権を大衆に引き渡す以外の選択肢がなくなります。

The laureates’ theoretical framework for how political institutions are shaped and changed has three main components: A) a conflict between the elite and the masses; B) the masses are sometimes able to exercise power by mobilising and threatening the ruling elite; C) a commitment problem between the elite and the masses.
©Johan Jarnestad/The Royal Swedish Academy of Sciences

このモデルは、19世紀末から20世紀初頭にかけての西ヨーロッパにおける民主化プロセスを説明するために使用されました。イギリスでは、選挙権の拡大がいくつかの段階で行われ、それぞれの段階の前にはゼネストや広範な抗議活動がありました。イギリスのエリート層は、社会改革の約束でこの革命的な脅威に信頼性を持って応えることができず、代わりにしばしば不本意ながら権力を分かち合うことを余儀なくされました。スウェーデンでも同様の状況があり、1918年12月の普通選挙の決定は、ロシア革命に触発された大規模な暴動の後に行われました。このモデルは、いくつかの国が民主主義と非民主主義を交互に経験する理由を説明するためにも使われています。また、包括的な制度を持たない国々が、なぜ包括的な制度を持つ国々と同等の成長を達成することが難しいのか、そして支配エリート層が時折新技術を阻止することで利益を得る理由も示しています。

ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン、ジェームズ・ロビンソンは、国々の長期的な経済的繁栄に影響を与える要因について革新的な研究を行ってきました。彼らの実証的な研究は、植民地化の過程で導入された政治的・経済的制度の種類が根本的に重要であることを示しています。また、彼らの理論的な研究は、搾取的な制度を改革することがなぜ難しいのかを理解する上で貢献し、さらにその改革が可能な状況を指摘しています。彼らの研究は、経済学や政治学におけるその後の研究に決定的な影響を与えました。制度が繁栄にどのように影響するかに関する彼らの洞察は、民主主義と包括的な制度を支援することが、経済発展を促進するための重要な道筋であることを示しています。


ノーベル賞に関係する受賞者たちの著作

受賞者たちの著作はすでに何冊も日本語訳が出版されています。ノーベル賞の受賞理由となった研究内容に最も近い『国家はなぜ衰退するか』から、『自由の命運』、そして昨年出版された『技術革新と不平等の1000年史』はいずれも一般向けに書かれた啓蒙書で、いわば彼らの三部作と言えるような本たちです。ぜひ書店や図書館などでお手にとってみてください。

国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源

自由の命運  国家、社会、そして狭い回廊

技術革新と不平等の1000年史

残念ながら翻訳されてはいませんが、今回の受賞理由に関連する内容が多く扱われている洋書が出版されています。これを機に翻訳されることを密かに願っております…

Economic Origins of Dictatorship and Democracy


アセモグル教授のその他の著作

アセモグル氏は、入門レベル(学部1〜2年生向け)の経済学教科書も執筆しています。ちなみに、共著者のレイブソン氏とリスト氏は、それぞれ行動経済学とフィールド実験の大家で、どちらも将来のノーベル賞候補としてしばしば名前の挙がる著名な研究者です。扱っているトピックや実例が現代的で、非常に読みやすく工夫された教科書だと思います。

アセモグル/レイブソン/リスト 入門経済学

アセモグル/レイブソン/リスト ミクロ経済学

アセモグル/レイブソン/リスト マクロ経済学

アセモグル氏は、大学院生向けの包括的な成長理論/マクロ経済学の教科書も執筆しています。この分野を研究するなら必携の一冊です。

Introduction to Modern Economic Growth

最後に宣伝

Pivotの動画

実は、昨年Pivotでアセモグル教授にインタビューする機会がありました!そのときの動画が公開されていますので、ご覧頂けると嬉しいです。

こちらの動画ではピンポイントでアセモグル教授をノーベル経済学賞の予想として挙げていました。(1年越しで的中しましたw)

アセモグル教授に師事するMIT大学院生の菊池さんをお招きして、アセモグル氏の秘密(?)や名門MITにまつわる噂などもいろいろお聞きしましたw


特別ウェビナー

10月31日(木)の21時から、ノーベル経済学賞ウォッチャーとしても名高い慶應義塾大学の坂井さんとウェビナーを行います。今年の予想や受賞業績の振り返りから、来年以降の受賞予想など、いろいろとお話しする予定です。ご感心のある方はぜひエコノミクスデザインが運営する「ナイトスクール」のフレンド会員(無料)に登録してご参加ください!

この機会に「ナイトスクール」で一緒に学んでみませんか?

パトロンサービスの告知

気になる/推したい研究者を支えることができる「esse-sense」のパトロンサービスに昨年のローンチ時から参画しています。国の教育研究費が伸び悩む中、少しでも民間から研究資金を集めると同時に、研究者のファンを広げていけたら、という思いでスタートしたサービスです。現在、分野の全く異なる8名の研究者が登録しています。いきなりパトロンになるのはハードルが高いかもしれませんが、無料でフォローすることができますので、まずはどなたか気になる研究者をフォローして頂けるとありがたいですm(_ _)m


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