[第5回・前編] 第4回講義の復習

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第4回目の前半では,前回の講義
・「頭は非合理だけど行動は“あたかも”合理的 --- 顕示選好」
を復習して,“あたかも”理論が何だったかをおさらいした後に,
A. あたかも合理的とみなせるような選択行動
B. 合理的とはみなすことができない選択行動
をそれぞれ紹介しました。AとBを分けるのがセンの定義した[条件α]と呼ばれるもので,ある選択行動(正確には選択関数)が[条件α]を満たせばA,満たさなければBとなることを思い出してください。

【板書】 講義では次の4つの具体的な選択行動をチェックしました。
1. あまのじゃく ←常に最悪の選択肢を選ぶ
2. 満足化原理 ←はじめて一定の基準を超えた選択肢を選ぶ
3. セカンド・チョイス ←常に二番目の選択肢を選ぶ
4. おとり効果 ←<後述>

鍵となる[条件α]は,選択関数を使って表現すると以下のようになります。

[条件α] メニューYが,メニューXのすべてのアイテムを含む(つまり,より“大きな”メニュー)とする。どんなXとYについても,
・C(Y)がXに含まれているとき,C(X) = C(Y)が必ず成立しなければならない。

結論から先に言うと,1と2は[条件α]を満たすためA,3と4は満たさないためBになります。順番が前後しますが,4,3,2の順番に解説していきます。1の「あまのじゃく」については前回の講義で説明したので省略します。

4. おとり効果
板書右上の図を見てください。あるアイテム(c)がメニューに加わることで,加わる前には選ばれなかったアイテム(a)が突然選ばれるようになる例になっています。ここで,図の横軸と縦軸はアイテムの性質を示し,大きければ大きいほど望ましいと考えてください。たとえば,(合コンなどの状況で)横軸がルックス,縦軸が愛嬌,といった具合です。cが合コンメンバーに加わる前の左図では,
・愛嬌はあるけどルックスがイマイチなaさんと,愛嬌はイマイチだけどルックスが抜群のbさんでは,bさんが選ばれる
という選択が行われる一方で,右図では
・aさんよりも愛嬌でもルックスでも劣るcさん(“おとり”)が加わることで,今度はaさんが選ばれる
ことが表されています。誰からも選ばれないような選択肢,つまり“おとり”を加えることで,それが無い場合には選ばれないアイテムを選んでもらうことができるため,こうした選択行動(の変化)は「おとり効果」と呼ばれます。おとり効果の実例や,それが発生する心理学的な理由などに関心のある方は,ダン・アリエリーの『予想通りに不合理』などを参照してください。

さて,ここでメニューXとYをそれぞれ
・X = {a, b}
・Y = {a, b, c}
とおくと,「おとり効果」の選択行動は,選択関数Cを使って
・C(X) = b,C(Y) = a ⇒[条件α]を満たさない!
と表現されます。大きいメニューであるYから選ばれるアイテムaが小さいメニューXに入っているにも関わらず,そのXから選ばれるアイテムがaとは異なるbになっているため,[条件α]に違反していることが確認できました。

3. セカンド・チョイス
これは,与えられたメニューの中から,常に自分にとって2番目に望ましいアイテムを選ぶような選択行動になります。先ほどと同じく,メニューXとYを
・X = {a, b}
・Y = {a, b, c}
とおき,次のような選好を持つと仮定しましょう(左の方が望ましい)。
・c > a > b 
このとき,「セカンド・チョイス」の選択行動は
・C(X) = b ←aとbではbが2番目
・C(Y) = a ←a, b, cではaが2番目
となり,やはり[条件α]に違反します。
「おとり効果」や「セカンド・チョイス」は,“あたかも”合理的な選択とみなすことが絶対にできない,いわば伝統的な経済理論の分析からはこぼれ落ちてしまう選択行動と言うことができます。

2. 満足化原理
満足化(satisficing)原理は,ノーベル賞受賞者のハーバート・サイモンが提唱した,最適化に代わる限定合理的な選択行動仮説です。具体的には,

・あらかじめ満足基準を自分の中で決めておき,アイテムを順番にサーチしていって,はじめてその基準を超えたアイテムを選ぶ(サーチは終了)

というものです。一見すると,最適化原理に従って意思決定を行うホモ・エコノミカスとは,かなり異なる選択行動に映りますが,実はこの満足化原理も[条件α]を満たすことを以下で確認しましょう。

いま,アイテムがa, b, c, dの4つで,選好が
・d > c > a > b
で与えられ,満足基準がcとaの間,つまり
・dとcは満足基準を満たす →サーチされた瞬間に選ばれる
・aとbは基準を満たさない →サーチされても選ばれない
という状況を考えます。満足化プロセスを描写する際には,与えられたメニューの中でどういった順番でアイテムをサーチするのかを定めておく必要がありますが,ここでは単純化のためアルファベット順としましょう。(メニューによってサーチ行動が変わらなければ,順番はどのようなものでも構いません)
さて,板書右下で書かれているように,4つのメニューのもとで,満足化原理によって導かれる選択は次のようになります。

1. {a} → x(何も選ばれない)
2. {a, b} → x(何も選ばれない)
3. {a, b, c} → c 
4. {a, b, c, d} → c 

本来の選好のもとではdが最も望ましいにも関わらず,メニューにそのdが含まれている状況(4)でも,先にサーチされるcが選ばれている点に注目してください。もちろん,メニューの中にcが含まれていなければ,
5. {a, b, d} → d
といった具合にdが選ばれますが,これは[条件α]に違反しません。

一般に,大きいメニューの中から(満足化のプロセスによって)あるアイテムx*が選ばれるとき,そのx*がより小さいメニューにも含まれている場合には,後者の中で最初に満足基準を超えるのもx*にならなければなりません。もしもx*と異なるアイテムyが選ばれたとすると,もとの大きいメニューで「x*が最初に満足基準を超えた」という前提に矛盾するからです(メニューが異なっていても,アイテムをサーチする順番は固定されている点に注意!)。
このロジックから,満足化原理が[条件α]を満たすことが分かります。

また,今回の例で想定した満足化原理による選択行動は

・c > d (a, bは絶対に選ばない)【注】

という選好を持つような
・合理的なホモ・エコノミカスの意思決定と完全に一致する
点に注目してください。満足化も,“あたかも”合理的なのです。


【オマケ】
板書左下の例は,レストランにおけるある“非合理な”選択行動です。
・a = 魚料理,b = 肉料理,c = カエル料理
というアイテム,X = {a, b},Y = {a, b, c}というメニューのもとで
・C(X) = b,C(Y) = a
という選択行動が観察された状況です。
・魚と肉なら肉を選ぶのに,カエルが加わるとなぜか魚を選ぶ
という行動で,これは[条件α]に違反します。ただ,ひょっとするとこれは,次のように考えた上での“合理的な”意思決定かもしれません。
・魚は鮮度が命なので,良いレストランでしか注文したくない
・肉は安全な選択肢なので,選んでもおそらくはずれが無い
・カエル料理を出すレストランは良いレストランである可能性が高いので魚をたのむが,カエルの無いレストランでは安全策を取って肉を注文する!
このストーリーでは,カエル料理という新たな選択肢cの有無が,直接関係のないはずのaやbへの評価を変えている,つまり
・メニューにどのアイテムが含まれるかによって,アイテムに対する選好が(自然な形で)変化している
あるいは,
・Xにおける魚料理とYにおける魚料理は,同じ魚であっても異なる
と考えられる,という点がポイントです。レストランと客との間に料理に関する情報の非対称性がある場合には,こうしたストーリーが成り立つ場合も少なくないでしょう(ちなみに,この例はたしかルービンシュタインによる大学院テキストに書かれていたものです)。杓子定規に
・[条件α]を満たさない行動=非合理
と思ってしまうと,本来は合理的な理論で十分説明できるような選択行動も,非合理であると一蹴してしまう危険性がある点を抑えておいてください。


【注】これは,今までの選好表現と異なっていて少し気持ち悪いかもしれません。「何も選ばない」という選択肢を,たとえばxで表すと
・c > d > x > a > b 
という風に選好を表現することができます。メニューの中に(常に)xを含めることで,上の選択行動を
・C({a, x}) = x
といった形で定式化することもできます。ご参考まで!


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