見出し画像

【短文レビュー/邦画新作】『死に損なった男』・・・SF的要素を含むのに作品内ルールをきちんと示してくれない

トップ画像:(C)2024 映画「死に損なった男」製作委員会

監督&脚本:田中征爾
配給:クロックワークス/上映時間:109分/公開:2025年2月21日
出演:水川かたまり、正名僕蔵、唐田えりか、喜矢武豊、堀未央奈、森岡龍

知らないおっさんの幽霊に取り憑かれて「娘に付きまとうDV男を殺せ」と命令される、という本来ならワンシチュエーションコメディにしかならない設定で、しかも人間関係など物語の構図にもほとんど変化を起こさないままで、それほどダレることなく長編を成立させてしまっている。こうした一点突破力は前作『メランコリック』と同様に発揮されており、田中征爾監督の最大の武器であろう。その推進力には主演俳優の人間的な魅力が大きく作用しているとはいえ、引き出しているのは田中監督で間違いないのだし。

ただ、作品内ルールをきちんと示してくれないために、話の面白さは大きく目減りしている。たとえば、幽霊が触れられるものと触れられないものの違いは何なのか。幽霊の移動できる範囲に制限はあるのか。どれもこれもハッキリさせていないので、「幽霊が包丁を持って後ろから刺せばいいんじゃないの?」と観客は瞬時に思いついてしまい、興は削がれる。こういう設定の曖昧さもまた『メランコリック』と通じるが、あちらは世界観の抽象性にも意味があったわけで。本作はSF的な要素を多分に含むのに、その辺への配慮は成されておらず、非常にもったいない。

あと、DV男がまったく怖く思えない。演じているのが、暴力とは真逆のパブリックイメージが日本国民に浸透している人気ミュージシャンでは無理もないが(検索してみると、反社っぽい役柄で複数の演技経験はあるらしい)。たしかに、泉谷しげるや最近では井口理やFukaseなど、俳優業に転身して成功を収めているミュージシャンも多い。ただ、その多くは元々自らの持つパブリックイメージに沿った役柄を当てがわれている。ミュージシャンの仕事とは、つまるところ自己プロデュースだから、自身のイメージに近い役であれば完璧にこなせるのであろう。でも、イメージと真逆の役をミュージシャンにやらせるのは酷だ。

物語の内容に戻ると、このDV男、よくわからないまま勝手に改心するし。あとサブストーリーとして挿入される「ほのかな片思い」描写はベタ過ぎて恥ずかしい。田中監督は突拍子のない狂った世界を創出しがちだが、本音のところでは性善説を信じているようだ。別にそれでもいいのだが、それがすぐに表出してしまうくらい作品に深みがないのがちょっと。

いいなと思ったら応援しよう!