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【短文レビュー/邦画新作】『敵』吉田大八監督・・・日常と虚構との境目の喪失というただ一点に多大な労力を注いでいる
トップ画像:(C)1998 筒井康隆/新潮社 (C)2023 TEKINOMIKATA
監督&脚本:吉田大八/原作:筒井康隆
配給:ハピネットファントム・スタジオ、ギークピクチュアズ/上映時間:108分/公開:2025年1月17日
出演:長塚京三、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、中島歩、松尾諭、松尾貴史
筒井康隆作品の映像化、というよりもさらに広く、主人公の意識がいつの間にか虚実をないまぜにした空間に飛ばされもがくような、純文学におけるひとつのジャンルの映像化として際立っている。仏文科の元大学教授で、妻を亡くしているため大きな一軒家に一人暮らしで、趣味の料理をかつての教え子の女性に振る舞ったり、バーで若い女の子に文学指南をしたりと、嫌味で型取られたダンディズムそのものである主人公の老人。しかも演じているのが長塚京三なのだから、まあ一挙手一投足が小っ恥ずかしい。そんな老人が、普段の日常から虚構(というよりは、本人の無自覚な妄想)の世界に足を踏み入れては悲惨な出来事に遭遇し、翌朝に目が覚めるルーティンを繰り返すようになる。おそらく認知症なのだろうけど、あくまで当人の一人称なのでどこからが虚構なのかは解らない。日常と虚構との境目の喪失というただ一点に多大な力を入れており、観客にトリップを促す作品として途轍もなく手が込んでいる。