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ファンタジー小説「W.I.A.」1-1

あらすじ
こことは違う次元、違う時代。
科学ではなく、魔法が生活に深く関わっている世界、「ヴァルナネス大陸」。そこでは、神や天使が実在し、ドラゴンやゴブリンなどの魔物が跋扈している。

「冒険者」と言う職業が成り立った、剣と魔法、そして魔物の支配する世界に、時代にそぐわない男が誕生した。マール・ワング・ジェンター、「発明家」だった。知識を得たら試しておかずにはいられないその性格で、生活を犠牲に発明を続けていたが、冒険者エアリアとその一行との出会いが、マールの人生を大きく変えることになった。

これは、マールとエアリア一行が、剣と魔法に科学を足して、ヴァルナネスを、「世界」を救う物語である。

あらすじ292字


第1章 第1話
 
 マール・ワング・ジェンターは困り果てていた。 
 王都ハイペルで毎年開催される見本市に、自慢の発明品を出品するため、荷車に発明品を満載して意気揚々と出発したところまでは良かったが、ハイペルに向かう途中のちょっとした山道で、体力が尽きてしまった。
 マールは、人間の成人男性だったが、背丈は背伸びしたスマッシェルほどしかなく、胴回りはドワーフ並みだが、ついているのは筋肉ではなく贅肉だった。
 普段は家に引きこもり、研究と開発の日々のため、ただ外に出て過ごすだけでも体力を削られるのに、満載の荷車を牽いて長距離を移動しようとは、自分で自分を呪いたい気分だったが、もはやそんな元気もなく、ただ荒い呼吸が早く静まって欲しいと願うばかりだった。
 山道に差し掛かったところで疲労を感じていたが、それよりも見本市で各地から集まる商人達に発明品の説明をして、あわよくば気前のいい商人との取引で大金に在りつけるかも、という期待の方が大きく、ニヤニヤしながら中腹まで登ってきたところで、限界を迎えてしまったのだ。   

 「大丈夫ですか?」
 
 突然掛けられた声に驚き、マール飛び上がらんばかりだった。
 声の主は人間の男性で、その立派な体格はところどころに金属製の補強がついた革の鎧で包まれている。
 左の腰に長剣が吊られ、背嚢には盾が載せられているとこから見て、兵士か冒険者に違いない。いや、連れている面々を見ても、間違いなく冒険者だろう。
 後ろには、濃い紺色のローブに身を包んだ細みの女性と、いかにも気の強そうなエルフの女性が見え、ガチャガチャ金属音を鳴らしながらヨタヨタ山道を登ってくるドワーフも見えた。
 
 「まもなく日も暮れます。街道筋とは言え、獣や盗賊が出ないとも限りませんよ?」

 そう言われて辺りを見回すと、確かに陽も陰り、夜の帳が近付いているようだった。疲労のために気を失ってしまっていたらしい。
 キョロキョロと不安そうに辺りを見回すマールに、男性が続けて言った。

 「もしよろしければ、もう少し先に冒険者用の待避小屋がありますから、ご一緒にどうですか?」

 マールに否やのあるはずもなく、水飲み人形のように首をカクカクするばかりだった。
 思えば出会いは、マールにとってなんとも不名誉な形で行われたのであった。

 マールはてっきり、この一行のリーダーは声を掛けてきた若い男性だと思い込んでいたが、リーダーはローブの女性の方らしかった。
 若い男が小声で何かを話し掛けると、ローブの女性は大きくうなずき、エルフの女性を先頭に立たせ、自分は荷車の隙間に乗せられたマールのそばに付き従った。
 その荷車自体はドワーフが牽き、若い男は荷車の後ろから付いてくる形となる。
 ドワーフに荷物のように荷車に放り込まれたあと、ローブの女性がマールの腕にそっと触り、フードの奥で何事かをつぶやくと、マールの疲労が和らいで、抗しがたい眠気に襲われた。
 眠りに落ちるその瞬間、フードの中を覗いたマールは、そこに深い慈愛の表情を浮かべた美しい女性の顔を見た。その顔は、故郷の礼拝所に掲げられている女神の肖像にそっくりに見えた。
 
 
 柔らかな暖かさに目を覚ましたマールは、辺りを見回すとゆっくりと体を起こした。眠っている間に、冒険者の待避小屋に着いたようだった。
 すぐに気付いた若い男が、床で高いびきをかいているドワーフを回り込むようにしてマールに近付いてくる。

 「だいぶお疲れのようでしたが、少しは休めましたか?」

 マールは若い男の方に向き直ると、フラフラと立ち上がって礼を述べた。

 「おかげさまで、楽になりました。助けていただいてありがとう。私はトンカから来たマールと言う者です。」

 若い男は、手振りでベッドに座るように示すと、礼儀正しく答えた。

 「私はアルウェンのカイルと言います。修練中の、冒険者です。」

 先ほどは気付かなかったが、カイルと名乗った若い男は、マールよりも一回りは若そうな、まだどこかに幼さの残る少年だった。
 落ち着いた態度や礼儀をわきまえた言葉遣いと、その立派な体格が、カイルを大人びて見せているようだった。

 「アルウェンと言えば、大陸の西のはずれじゃないですか!そこから旅を続けているのですか!?」

マールは驚いたように声を上げた。

 「ええ、アルウェンを出たのが半年ほど前です。依頼をこなしながら、北のノストールを目指しています。」

 「ノストール!?それはまた、遠くまで!」

 自分でも愚かなことだと思いながら、カイルの言ったことを繰り返した。
 そこに、ローブの女性がトレーに乗せて食べ物を運んでくる。
 フードは脱いでおり、肩に優美な膨らみを作っていた。
 金色の長い髪を後ろで結んでおり、長いまつ毛に縁どられたその瞳は、整った顔立ちによく映える深い緑色だった。

 「お腹が空いてるでしょう?お口に合うといいけれど。」

 よく通るアルトの声は、華奢な体から発せられたとは思えないほどに力強かった。

 「この方は、エーテルの神官で、名前はエアリア。現在の我々の依頼主でもあります。」

 マールはさらに驚いた。エーテルの神官と言えば、この大陸では大衆向けの神話に出てくる存在だ。はるか昔にこの世界を滅ぼそうとした異世界からの侵略者に対し、その身に神の眷属を降臨させて戦ったという。
 侵略者は異世界に追い返したものの、同時にエーテルの神官たちもその数を激減させ、今でははるか東の島国に廃墟と化した神殿の名残があるのみで、絶滅したと思われている。

 「エーテルの、神官・・・ですか・・・。実在するとは・・・。」

 マールはちょっと警戒しながら、もう一度エアリアを見た。
 この手の話は、簡単に信じると痛い目を見ることになる。
 だが、目の前にいる女性は、美しい顔立ちといい、溢れ出る気品といい、現実離れしていることも確かだ。
 エルフの、いかにも高慢な感じの、どちらかと言えばきつい美しさとは違い、どこか人を優しく包み込んでくれるような、包容力のある美しさだった。
 それに・・・先ほど眠りに落ちる前に自分が感じた、あのイメージ。
 マールが無言で逡巡している間も、エアリアはマールから視線を外さず、柔らかな笑顔で見つめ返してくる。その視線に、マールは自分の考えが揺らぐような錯覚を覚えて、自ら視線を外す。

 「お疑いになるのは、無理もないことだと思います。我々はかつての力を
失ってから随分の時が経ちます。私自身も、私の母以外のエーテルの神官に会ったことはないくらいですから。」
 
エアリアがトレーを差し出しながらマールにそう告げる。
 エアリアは続けて、

 「ですが、北のノストールにエーテルの神官がまだ残っているらしいのです。私はその方に会い、母から受けられなかった秘儀を授けてもらいたいと、カイルたちと旅を続けています。」

 カイルが語を継いで、

 「実は私もエアリアと出会う前は、ただのアルウェンの農夫だったのです。農作業中に誤って雷獣を殺めてしまい、この身に呪いを受けましたが、エアリアのおかげで何とか生きていられます。エアリアが秘儀を授けられれば、あるいはこの呪いが解けるかも知れないと思い、冒険者となって旅に同行することを申し出ました。床で寝ているドワーフはガルダンと言い、別な理由でノストールを目指している熟練の冒険者で、私の指導者でもあります。そして・・・。」

 カイルが、窓辺で外を見つめているエルフの女性を振り返った。

 「私はアルル。東の森のエルフよ。古の理に従い、エーテルの神官を守護するのが務め。」

 アルルと名乗ったエルフは、切り口上でそう言うと、また窓の外に意識を移した。
 ここに来て、マールはエアリアが本物のエーテルの神官と認めざるを得なかった。エルフが、エーテルの神官の守護者だと言うのは、大陸では子供でも知っている話だった。それに、エルフは絶対に嘘をつかないということも。

 「そうすると、私はとんでもない幸運の持ち主ということになりますね。まさか伝説の存在とこうしてお会いすることになるとは・・・。」

 マールは交互にカイルとエアリアを見ながらそう言った。

 「ところで、マールさんはあそこで何をされていたのですか?」

 その質問に、マールは我に返り、慌てて立ち上がった。

 「そうだった!見本市!」

 外に飛び出そうとしたマールはカイルに止められ、今は落ち着きを取り戻してここまでの経緯をぼそぼそと語り始めた。
 自分が発明家であること、見本市で発明品を発表しようとハイペルに向かっていたこと、自分の体力が自分の認識よりもはるかに低く、途中で力尽きてしまったことなどを告げると、あまりの情けなさに泣きそうになった。
 そんなマールを、エアリアは優しくなだめ、簡素ながら滋養に溢れる食事でもてなし、こうなったのにも何かのわけがあるはずだから、現実を受け入れて次のことを考えるようにと励ました。
 それから、自分たちも路銀を稼ぐためにハイペルで少し依頼をこなすつもりでいたから、と、ハイペルまでの同行を申し出てくれた。
 アルルは不満そうに鼻を鳴らしたが、マールが起こした騒ぎに目を覚ましたガルダンは、マールの発明品の数々に大変な興味を持ち、中でもバネ仕掛けで一瞬にして弓になる折り畳み式の武器については、あれこれ改良の案まで出してくる気に入りぶりで、マールがお礼にとそれを差し出すと、喜んでハイペルまで荷車を牽く、と請け合った。
 見本市の開始には間に合わないだろうが、どうやら開催中にはハイペルに到着できそうな見通しに、マールは元気を取り戻し、ガルダンとあれこれ話しながら食事を摂って(相伴したガルダンは今夜二回目の食事)、ゆっくりと休むことができた。

 まさかこの申し出が、自分の運命を想像もしていなかった方向に進ませることになるとは知らず、マールは夢も見ずに、深い眠りに着くのだった。

「W.I.A.」1-1
了。

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