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ファンタジー小説「W.I.A.」1-3-①

 第1章 第3話
 
 街の朝は霧に覆われていた。城の上部は雲の中と言っていいほどだった。朝の早い冒険者は、すでに装備を整えて出発して行った。
 マールは眠い目を擦りつつ、宿の正面で一行が降りてくるのを待ちながら、ぼんやりと朝の風景を眺めていると、やがてそこにカイルとガルダンが加わった。
 
 「お待たせしました。行きましょうか。」
 
 最後に、エアリアとアルルが降りて来る。依頼主の農場は、街の東に広がる丘の上にあるらしい。支道に入るため、一旦は街道を北に進む。陽が高くなるにつれ、這うように煙っていた霧も晴れ、雲もまばらな晴天が顔を出した。
 
 支道に入るとすぐ、ワイナリーの看板が道の脇に立てられていた。その向こうに、ブドウ畑に囲まれた、レンガ造りの大きな建物が見えてくる。赤い屋根には多くの甍と、塔のようなものまでしつらえてあり、かなりの大きさのようだった。
 
 「ハイペルで最大規模のワイナリー、というのは、嘘ではないようですね。」
 
 エアリアがカイルに話し掛けると、カイルもうなずいたが、その大きさには相当驚いているようだった。ワイナリーと言うよりは、砦のような大きさだ。
 ブドウ畑の中の道を進むと、やがて勇壮な鉄柵付の、これまた壮大な門が一行を出迎えた。その下に、二人の男が立ってこちらを見ていた。
 
 「ようこそ、シャトーピプローへ。昨日は、ありがとうございました。・・・こちら、当シャトーのオーナー、ジャン・ピプローでございます。」
 
 頭の薄い男が、背の高い立派な身なりの男性を指しながら言った。ジャン・ピプローと紹介された男性は、今から狩りにでも行きそうな服装だった。手には乗馬鞭を持っているところからすると、馬当てでもするつもりでいたのだろうか。
 
 「こちらこそ、ご依頼をありがとうございます。ピプロー卿、初めまして。私がゴブリン退治を引き受けました、冒険者エアリアと、その一行です。」
 
 エアリアが一歩進み出て、優雅に膝を折り曲げて挨拶をする。ピプロー卿は礼法に適った挨拶に、驚いているようだった。ゴブリン退治をするような冒険者と言うからには、いかめしい男たちが来るものと思い込んでいたようだった。
 
 「これはこれは、ご丁寧なご挨拶をありがとうございます。本日はご足労を掛けまして申し訳ございません。まさか、このようなうら若いレディがお出でになるとは・・・。これ、ノッティ、そうならそうと、きちんと伝えんか。」
 「はっ・・・申し訳も、ございません・・・。」
 
 ノッティと呼ばれた男は、ピプロー卿の秘書的な役割をしているものらしい。冒険者ギルドへの依頼も、この男が行ったようだ。
 その後、全員の紹介がなされ、マールはノッティによって水車の修理工と紹介された。情けない気持ちになったが、事実なのだから仕方ない。
 本当ならそのままどこかへ行こうとしていたらしいピプロー卿が考えを改め、自ら先導してゴブリンが住み着いたという洞窟へ案内する。本当の目的はエアリアと話すことにあるようだったが、並んだ二人の後ろにアルルがピッタリと張り付いていては、会話も弾まないようだった。
 
 それから間もなく、ブドウ畑を縫うように流れる用水路の先に見える水車を指差したピプロー卿が、マールに不調の様子を伝え、マールは一行と分かれてそちらに向かうことになった。
 
 「では、マール、また後で。」
 
 エアリアに見送られ、一人で水車へ向かう。水車は遠目から見ても、回転がぎこちなく、問題の一つは軸にある、とマールは考えた。どうやら、ブドウや小麦をすりつぶす役目の水車らしかった。水車小屋もレンガ造りの立派なもので、その隣に少し小ぶりの小屋が建てられており、そこに鍛冶職人らしい初老の男性が見える。
 
 「こんにちは。水車の修理を頼まれた者ですが・・・。」
 
 マールはその男性に名乗り、水車を見せて欲しい、と伝えた。男はタレンと名乗り、ワイナリーで使用する農具や日用品を作る鍛冶職人だと言った。
 
 「どうも、回りが良くなくてな。まもなく本格的なブドウの収穫時期に入るから、それまでに調子を戻したいんだよ。」
 
 タレンの案内で、まずは外から水車を点検する。思った通り、右と左で水車の軸が狂っている。これでは円滑に回転するわけがなかった。次に、マールは水車小屋の中へと入る。太い樫の丸太が3本吊り下げられ、その下に石臼が置かれている。水車の力で丸太を持ち上げては落とし、石臼の中のブドウを絞るようだ。
 マールは水車に登ったり、下から覗いたりしながら計測器具で測った数値を次々と書き留め、タレンにいくつかの部品を作るように依頼する。
 何に使うのか、見当もつかない様子のタレンが、不思議そうにしながら部品を作ると、さらにマールが注文を加えて手直しをさせ、それらを組み合わせて二種類の部品を仕上げさせた。
 
 一つは、大小二つの輪の中に、オイルに馴染ませた鉄球をはめ込んだ物。もう一つは板状の細い鉄を、長さを少しずつずらしながら重ね合わせた物。
 
 最初の部品は、水車の軸受けを慎重に削り、そこにはめ込んだ。左右のズレを解消するように、大きさを若干変えてある。後の部品は、小屋の中の丸太の上に取り付けた。
 取り付けが終わると、マールは手で水車を回そうとして、タレンに笑われた。屈強な男でも一人で回せるような大きさではない。まして、いかにも不健康そうな体形のマールが動かせるわけがない、と思ったようだった。
 
 だが、大して力を入れた風でもないのに、水車は滑らかに回った。驚くべきことに、マールが何度か水車を回すと、後は水車がひとりでに回っているようだ。タレンは驚いて、用水路を覗いた。もしかしたら堰き止めたつもりで、水が流れていたのかも知れない。しかし、水はまだ堰き止められたままだ。
 
 「ど、どうなってるんだ?何かの魔法か?」
 
 タレンが目を丸くしてマールに問い掛ける。マールは当たり前のような顔をしていた。
 
 「魔法じゃありませんよ。軸を真っ直ぐにして、転がり抵抗を低くする部品を付けただけです。毎日使うようになったら、三日に一度、オイルを継ぎ足すのを忘れないようにして下さい。」
 
 水車の出来栄えに満足したマールは、水門を開けさせ、今度は小屋の中にタレンを呼んだ。
 水が流れ出すと、水車が勢いよく回り、丸太が唸りを上げるようにして次々に石臼に叩きつけられた。
 
 「こ、こ、これは・・・!」
 「丸太の上に反動を付ける部品を付けました。ほら、丸太が上がると作ってもらった部品がしなるでしょ?しなりを戻そうとして、丸太を勢いよく打ち下ろすんです。それと、丸太に波型の溝を切りました。打ち付けた時に捻りが加わるので、今までよりも速くブドウが潰せますよ。」
 「は、速いなんてもんじゃない・・・今までの3・・・いや、5倍は速い!」
 
 丸太が石臼に打ち付けられる音は、さながら鼓笛隊のドラムロールのようだった。

 「その分、今までより丸太の減りも早いと思いますから、気を付けて下さい。あと、石臼の大きさに合わせた鉄環を被せると石臼の持ちが良くなると思いますよ。」
 「あ、あんた、修理工じゃなかったのかい!」
 「えーと、修理もできる発明家、です。どうですか?出来栄えは?」
 「どうですかもこうですかもないよ!すごいな、あんた! 発明家? 俺は魔法使いかと思ったよ!」
 「いやいや・・・そんなに言われると、困りますけど・・・。」
 
 頭を掻きながら、マールは満更でもなかった。自分では大したことはしていないつもりだったが、こんなに喜ばれると、悪い気はしない。
 
 それから、余った時間を使って水車の力で空気を送る大きなふいごも作った。これで鍛冶に使う火力温度が、手間なく簡単に上げられるようになり、タレンは飛びつかんばかりに喜んだ。人力で空気を送るより、はるかに速く温度が上がり、タレンの手間は減るのだから、鍛冶の効率も上がるだろう。


「W.I.A.」
第1章 第3話 ①
了。

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