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ファンタジー小説「W.I.A.」1-2-①

第1章 第2話

 翌朝、日が昇るとすぐに冒険者の待避小屋を出た一行は、ハイペルに向けて比較的整備されている街道を進んだ。小屋を出る前に、次に来る冒険者のために、薪や保存食、日用品などを小屋に残す。これが、待避小屋を使用した冒険者のマナーとなっている。こうした小屋は、街道沿いを始め、様々な場所に設置され、「冒険者ギルド」が管理をしているが、余裕のある冒険者が、小屋の修繕や消耗品の補充をするのはごく一般的なことだった。
 
 約束通り、ガルダンが荷車を牽き、ぐんぐん街道を進む。昼過ぎにはハイペル王城の尖塔が見え始め、この分なら日が落ちる前にハイペルに到着しそうだった。
 
 「す・・・すごい・・・ですね・・・さすがに、速い・・・。」
 
 息も絶え絶えに、マールが言った。マールは着いていくだけで精一杯だった。荷物も荷車に乗せ、鎧を着ている訳でも武器を持っている訳でもないのだが、ガルダンやカイルはもちろん、エアリアもアルルも汗一つかかずに速度に着いていっているというのに。
 一行の先導をしているアルルが、時折マールを振り向いて、蔑んだような目で見てくるのが辛い。それでも、その直後は若干ではあったが進行速度がゆっくりになった。
 研究三昧の生活が、マールの身体を蝕み、情けないことになっている。足を引っ張っているようで申し訳なく、何度か自分一人で向かうことにする、と言い掛けたのだが、その都度エアリアに優しく微笑まれ、機会を失っていた。
 
『ここまで来たら、がんばるしかない・・・』
 
昼の休憩を取り、幾分元気を取り戻したマールは、覚悟を決めた。街道は各支道との合流を重ね、道幅も太くなり、行き交う人々の数も増えてきた。そのため、必然的に行軍速度が落ちたのも、マールに幸いした。
 
 「ハイペルまでもう少しですね。着いたら、何をなさるのですか?」
 
 まもなく城門、というところで、ハイペル軍の検問がある。検問所は、日没までに街に入ろうとする旅商人や冒険者、耕作地や放牧地から帰って来た農民などで溢れかえっている。その列に並んでいる時に、カイルが話し掛けてきた。
 
 「そうですね、まずは商工ギルドに申請して、見本市の出店場所を確保しなければなりません。今日はギルドの宿泊所に泊まって、明日からは発明品を販売することにします。・・・たくさん、売れるといいのですが・・・。」
 
 「大丈夫、マールダのご加護があることでしょう。」
 
 カイルはにこやかに微笑んで、マールを勇気づけた。実際、売れてくれないと困るのだ。売れ残れば、帰りもこの荷車を牽いて行かなくてはならない。マールにとっては絶望的な苦行となることだろう。それに、経済的な問題もある。研究開発に費用が掛かっていて、トンカでは親戚を始め、借りられるところから借りられるだけ借金をしている。マールの現在の所持金は30デルほどだが、商工ギルドの申請に20デル掛かる。借金は合計すると10デテイクにはなるから、今後のことを考えれば、最低でも20デテイクは稼ぎたい。できれば、30デテイク欲しい。
 
 無事に検問所を通過し、城門前に並んだ露店通りを進む。城門内の市街地に店を持つことができない駆け出しの商人や、一般向けの野菜や総菜、日用品などを売る露店が、隙間なくビッチリと並び、多少雑多な活気を生み出していた。
 城門を潜り、無事に市街地へと入る。ここは「戦勝広場」と名付けられており、出陣式や軍の式典などが執り行われる場所だ。冒険者ギルドは広場から見て右手に位置しているが、商工ギルドは左手の奥、王城の裏手となるため、マールは、ここで一行と別れるつもりでいたのだが、急ぎの用事のない一行が、先に商工ギルドに立ち寄ってくれる、と言う。
 
 「そこまでしていただいては、申し訳ない!」
 
 マールは手持ちの乏しい所持金から、いくばくかの報酬を出そうと考えていたのだが、それもエアリアに拒否され、さらにそこまでお願いするのは、さすがに気が引けた。だが、エアリアも引かない。あの笑顔で「お願いですから、最後までお手伝いさせてください」などと言われると、マールは言葉も返せない。結局、商工ギルドまで同行してもらうこととなった。
 
 「ウチの姫様は、ああ見えて強情だからな!ま、いつも不機嫌なエルフ娘ほどではないが!」
 
 そう言ってガルダンが豪快に笑う。エアリアはそんなガルダンを笑顔で見つめ返していたが、アルルの方は露骨に嫌な顔をした。
 
 商工ギルドに着き、見本市出店の申請をしようとして、マールは膝から崩れ落ちそうになった。既に申請受付は締め切った、と言うのだ。今年は出店希望者が多く、ギルドが準備した場所はすぐにいっぱいになり、店が多すぎて客が入れないと苦情が出たため、急遽、さらに場所を確保したが、それももう埋まってしまったということだった。
 マールも必死に食い下がったが、結果は変わらなかった。
 
 落胆の色が隠せないマールがトボトボと一行の元に戻って来た。事情を聞いたエアリアがカイルに「何とかならないの?」と尋ねていたが、カイルにはその術もツテもあるはずもなかった。
 
 「・・・もう・・・いいんです・・・諦めます・・・。」
 
 カイルの困った表情を見て、居たたまれなくなったマールは、そう言ってはみたものの、自分でもこの先どうしたらいいか、わからなくなっていた。
 
 その後、追い出されるように「立ち去れ」と告げられ、一行は仕方なく第二の目的地である冒険者ギルドへと向かった。一行は、ここでハイペルでの依頼を受け、ノストールまでの路銀を稼ぐ必要があるのだ。それまでは、冒険者の宿を拠点にして生活をすることになる。
 カイルとエアリアが代表してギルドへと赴く間、マール、ガルダン、アルルは荷車と共に街路の端で二人を待つ。
 
 「それにしても、災難だのう・・・」
 「最初から、計画が杜撰なのよ。」
 
 不器用ながら慰めようとするガルダンと、冷たく突き放すアルル。マールはほろ苦く笑うしか、方法がなかった。


ファンタジー小説「W.I.A.」1-2-①
了。

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