ファンタジー小説「W.I.A.」1-6-②
フェアグリンは深くうなずくと、三度、指をパチンと鳴らす。
瞬間に、エアリアは大木の生い茂る森の小径に、フェアグリンとともに立っていた。はるか高くまで伸びた枝葉の隙間から、木漏れ日が漏れ、森の中とは思えないほどに、周囲を明るく照らし出していた。
「この道を、まっすぐに進みなさい。そこにエルフの里がある。私が連れて行きたいところではあるが、そうすると皆が大袈裟に騒ぐのでな。エルフに出会ったら、私の名を告げなさい。わかったね?」
「・・・いろいろと、ありがとございました・・・。その・・・あなた様とは、もう会えないのでしょうか・・・?」
「なに、お互いに無限の命を持つ者同士、いつかは再び相まみえる時もあろう・・・。そうそう、あの船は、私が島で預かっておこう。いつか、他の目的が見つかって、また海に漕ぎ出す時のためにな。」
フェアグリンは悪戯っぽく片目を瞑ってみせ、エアリアの背中をそっと押した。その勢いのまま数歩進み、振り返った時には、フェアグリンはもう消えていた。
※ ※
「それから、私は里の長老の一人で、アルルのおじいさまに当たる、リネステール様から様々な教育と手ほどきを受けて、冒険者として旅立ったのです。アルルは、古の理と、成年の儀式の課題のため、私の旅に同行することになりました・・・。」
エアリアは、そう話を結んだ。
マールには想像もつかない、長く過酷な生き様だった。しかもその旅は、まだ終わりを迎えられそうにない。果たして自分に残された人生で、旅の終わりに立ち会うことができるのだろうか。マールは深い溜息をついて、エアリアの乗る馬車を見た。
「もしかして、もう疲れた?」
後ろを歩いていたカイルが、マールの様子を見て馬鹿にしたように声を掛けてきた。
「ち、違うよ! ちょっと考え事をしてただけだよ! ほら、馬車が道の凹凸で結構揺れるだろ? それを何とかできないかな、って。」
「あー、確かに。これから山道も増えるし、道はますます悪くなる一方だろうからね。」
本当はエアリアのことを考えていたのだが、カイルはマールの言い分を信じ、真面目な顔で考え込む様子を見せた。このあたりで、カイルの純朴で素直な性格がわかる。
まったくの偶然ではあったが、口に出してみて、確かに馬車にも改善の余地はある、と思った。それからのマールは、馬車のどこをどのように変えようか、懸命に考えながら足を進め、自分でも驚いたことに、その日は夕暮れまで一日中歩いて過ごしたのだ。
ガルダンが手頃な開豁地を見つけ、一行は完全に日が暮れる前にキャンプの準備を始めた。アルルがカイとクィの牽き具を外し、手頃な木に繋ぎ直す。二頭はすぐに周辺に生えている新鮮な草を食み始めた。
ガルダンは例によって薪と食材の採集、カイルは少し離れた小川まで、水を汲みに行った。残ったマールとエアリアは、手頃な石を組んで即席のかまどを作り、馬車から敷物を下ろして、地面に並べて敷いた。
「今日は一日中、歩いていたわね? 足は大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。自分でも驚いてますよ! 馬車をどう改良しようか考えながら歩いていたら、いつの間にか時間が過ぎていて・・・。」
「そうなの? 何か思いついた?」
エアリアが話を振ってくれたので、マールは考えた構想について、エアリアに語り始めた。それはアルルがカイとクィのブラッシングが終わっても続き、ガルダンやカイルが戻って来た時もまだ続いていた。
「おいおい、マールや、そろそろエアリアに夕食の支度をさせてあげてくれ。」
ガルダンが冗談交じりにそう言うまで、夢中になって話し続けてしまった。気が付いて周囲を見回すと、陽も落ち、辺りに夕闇が漂っていた。夢中になると時間の感覚がなくなるのは前々からだったが、エアリアの上手な相槌にも助けられ、つい夢中になり過ぎたようだった。
「あ、ああ! ごめんなさい! 僕も手伝います!」
マールが焦ってそう言うと、皆に笑いが広がる。決して否定的な意味で言われたのではないことに気が付いて、マールはホッとした。このクセのせいで、子供の頃からいじめられた記憶が蘇ったが、この仲間たちを相手に、それは杞憂に過ぎなかった。
ガルダンがおどけて、干し肉と豆だけのスープを大袈裟に喜んでみせ、エアリアとマールの料理の腕を褒め称えた。闇の中に、一行の笑い声が響く。エアリアも無事に回復し、みんなの気分も良くなったようだった。オルスクの宿で食べた食事よりも、こうしてみんなと笑いながら食べる食事の美味しさに、マールはあらためて気付かされた気がした。
翌日は、昼過ぎから雨となった。道がぬかるみ、カイやクィも思わず足を取られることがあった。勾配の急な道に差し掛かると、アルルの提案で雨が弱まるまで、しばらく休憩することになった。
オルスクでもらった果物や焼き菓子で小腹を満たし、空模様を眺めて時間を過ごした。マールはその間に、馬車のいろいろな部品の材質を調べ、大きさや長さを測り、手帳に記した。
「精が出るわね。お茶はどう?」
「ありがとう、いただくよ。」
アルルがポットからカップにお茶を注ぎ、マールに手渡す。湯気と共に、ハーブの清冽な香りが鼻孔をくすぐった。
「そうだアルル、馬車のことで、気になるところはある?」
「そうね・・・。気になるのは、牽き具ね。恐らくリードの動きに合わせるためなんだと思うけど、二頭が牽き具で繋がれてしまうから、どちらかが足を取られるともう一頭もバランスを崩してしまうの。馬車の動きも不安定になるし、馬の怪我にも繋がるわ。」
「なるほど・・・。確かに、それはあるね。わかった。何か考えてみるよ!」
「ええ、よろしくお願いするわ。」
午後に入り、雨脚も弱まったところで、一行は出発することにした。ガルダンとカイルが、それぞれカイとクィの手綱を取り、道を選んで慎重に進む。
それ以降、旅は順調に進み、ある時は待避小屋で、ある時は野宿をしながら、8日目の昼近くに、一行はミンスクの集落に着いた。街道の両側から奥に向かって宿や店が軒を連ね、左に見える小高い山からは、温泉のものと思われる湯気が何本も立ち昇っていた。ミンスクには冒険者ギルドがないので、宿は自分たちで探さなければならない。
一行は、街道の中ほど、左に逸れる支道の手前にある宿に滞在することを決めた。老夫婦とその娘夫婦が経営する小さな宿だったが、ヤギを囲うための大きな草地があり、そこに生える草は、痩せたヤギ数頭には多すぎるように見えた。ここでなら、カイもクィも新鮮な草をたらふく食べることができる。新鮮な水の流れ込む大きな水桶もあり、山道を登って来た二頭が休息を取るには、最高の場所だった。
「これから先のことを考えれば、ここで数日、カイとクィを休ませる方がいい。」
と言うアルルの提案を受け入れ、一行はこの宿に三日滞在することに決めた。
マールは早速、ミンスクの鍛冶職人のところに駆け込み、ここまでに煮詰めた馬車の改良のための部品を注文した。考えたこと全てを改良するには足らないが、アルルの懸念と乗り心地を改善する程度なら、三日もあれば十分のはずだった。
手帳の図面を示し、形と各部の長さ、大きさを鍛冶職人に伝え、マール自身は自分の盾の改良のため、幾ばくかのデルを払い、空いている作業場を借りることにした。
壮年の鍛冶職人は、慣れない仕事ながらマールの詳細な図面と適切な助言を受けて、見事に仕事を果たしてくれた。考えていた以上の出来栄えにマールも満足し、過分の報酬を渡すと、鍛冶屋を後にし、同じように注文をしていた建材商に立ち寄ってから宿に戻った。
「今度はなんだね? ずいぶんとたくさん、抱えて来たな!」
鍛冶屋で借りた荷車にいっぱいの金具と木材を積み込んで宿屋に戻って来たマールを見て、ガルダンとカイルが興味を示す。
「はい、馬車の改良をしようと思って。それで、お二人には明日、手を貸していただきたいんですが・・・。」
「もちろん、喜んで手を貸すとも。で、どのようになるんだ?」
ガルダンとカイルを前に、マールは一つひとつ部品を取り上げ、詳しく説明をした。二人は何度もうなずきながらマールの説明に聞き入り、三人でどのように作業を進めるかを決めた。
そこに、エアリアとアルルが二階の部屋から降りてきた。
「ずいぶんと楽しそうにお話をしてますね? なんの相談ですか?」
エアリアがにこやかに尋ね、カイルがかいつまんで説明をする。
「まあ、またマールの発明が見られるのね。今度はどうなるのか、今から楽しみだわ。」
その時、宿の老父が食事の準備が整ったことを告げ、一行は小さな食堂に席を移す。
食事は質素なものだったが、それだけに一品に手間が掛けられていた。キャベツのザワークラウトには数種のスパイスが掛けられ、トウモロコシのクリームスープには口の中がさっぱりするハーブが浮かんでいた。小ぶりのジャガイモを甘辛く煮付けたものは、口に入れるだけで柔らかく溶け、メインの大きな肉の入ったデミグラスシチューにはごろっとしたニンジンやブロッコリーがたくさん入っている。それに、黒くて固い大ぶりのパンとチーズ。パンはこの地方独特の黒麦を使ったもので、何もつけなくてもほんのり甘く、香ばしい。チーズとクリームスープには、ヤギの乳が使われている、ということだ。
飲み物はシャトーピプローのワインと、黒麦から作られたエールとウィスキー、デザートはチーズケーキとベリージャムの入った紅茶だった。
一行は食事を楽しみながら、給仕に立った若夫婦から、最近のミンスクの話を聞いた。ここでは、グールもリザードマンも見かけられないらしいが、地揺れが何度かあった、という。ヴァルナネスでもこの地域ではたまに起こるが、短期間に何度も揺れがあったのは珍しい、ということだった。アルルがさりげなくエーテルの神官について尋ねてみたが、二人は笑って「それはおとぎ話ですよ」と相手にされなかった。
和やかな食事が終わり、エアリアが四人にもてなしの礼を述べた。四人とも恐縮していたが、明らかに嬉しそうにしていた。
翌日、若夫婦の案内で温泉に行くというエアリアとアルルを見送り、マールたち三人は馬車の改良に取り掛かった。まずは、牽き具だ。今使っている井桁型の金具を外し、中央に可動する接続具を付けた十字型の物に変える。両端から太い鎖が伸び、それらは御者席側についた巻き取り具で自由に伸ばしたり、縮めて牽き具に固定収納できるように作られていた。平地では固定して効率的に推進力を取り出し、荒れた道では鎖を解放して、二頭がそれぞれある程度自由に体を動かす余裕を持たせられる。
次の改良は、少々大がかりだった。まず、車輪を軸ごと外し、軸受けも外す。次に、荷台の下に補強の鉄板を、前後の軸受け部分に打ち付けた。車輪は軸棒から外され、別に準備された大きな円形の部品に、一つずつ取り付けられた。4つのうち二つは、より幅が合って重く、残りの2つはその半分ほどの大きさだ。次に、荷台の車輪があった部分に、水車小屋で丸太落としに使った部品を小型にして、上下逆にしたものを取り付け、そこに先ほどの車輪を、前輪には重い物、後輪には軽い物をそれぞれ取り付ける。
さらに、前輪部分には内側に両方に嵌るように作られた細長い棒が取り付けられた。この部分は繊細な作業となるらしく、マールが地面に横たわって一人で作業をこなした。さらにその棒に持ち手のついた棒を取り付け、中央に、縦に長い穴を開けた御者席から持ち手が出るように調整された。
全てが終わる頃には陽も傾き始め、途中で温泉から帰って来たエアリアとアルルも加わって、完成披露が行われた。一緒に温泉に行った若夫婦も興味津々で、マールの説明に耳を傾けていた。
「まず、荒れ地でもカイとクィが動きやすいように、牽き具を軽くして、お互いが動きやすいようにしてみたんだ。ここの金具を外すと、鎖が伸びて、カイもクィもそれぞれ体半分くらいは自由に動く余地が取れる。戻したいときはこっちを回すと、鎖が巻き取られるから、好みの位置でまた金具を留めれば、そこで鎖の長さは保持できる。」
一行が感心してうなずく中、マールは御者席から飛び降り、屈んで車輪を指差す。
「車輪は軸棒を外して、四輪とも独立して上下に動くようにした。荒れ地で突き上げる衝撃は、この重ね板で吸収されるから、揺れは格段に治まるはずだ。それと・・・いろいろな装置を取り付けて馬車自体が少し重さを増したから、制動装置も取り付けた。帰りは下りになるだろうしね。この棒を前に倒すと、前輪の軸に負荷が掛かって、速度を落とすことができるんだ。ただし、強い制動を掛けたい時は、それなりに強い力がいるから気を付けて。」
マールはそこまでを一気に話し終え、反応を待った。ところが、期待したような反応は得られず、一同がぽかんと不思議そうに口を開けているだけだった。
「あ、あれ? みんな、どうしちゃったの? 僕、またなんかやらかしちゃった?」
マールは、また自分が夢中になり過ぎて、みんなが話に飽きてしまったのかと思った。
「・・・いや・・・みんな、驚いてるんだよ・・・。俺もガルダンも、マールに言われるままに取り付けを手伝ったけど・・・。まさか、そんな機能があるなんて、思ってもみなかったよ・・・。」
「・・・うむ・・・お主、ほんとはドワーフなんじゃなかろうな? これほどの仕掛けを思いつくとは・・・たまげたわい・・・。」
「そうですよ、マール・・・。あなたには、無限の可能性さえ感じます。」
カイルもガルダンも、エアリアまでもが、驚きで言葉を失っていたのだった。これだけのことを、僅かな期間で思いつき、形にし、完成させるというのは、それだけマールの秘めた能力の高さを現すものだった。しかも、これまで一度も魔法は使っていないのだ。
「・・・すごく・・・良くなったとは思うけど・・・ピプロー卿の馬車を、勝手に改良して、良かったのかしら・・・?」
アルルがポツンと、小声で言った。確かに。改良に夢中になるあまり、これが他人の物だと言うことを忘れていた。
「だ、大丈夫よ! ピプロー卿も、きっと喜んでくれるはずよ! ・・・もし、ダメなら、私が買い取ります!」
エアリアが珍しくうろたえた様子になり、興奮して捲くし立てた。その様子を見て、アルルも焦りを感じたようだ。慌てて取り繕ってはみたものの、言葉がうまく見つからない。
「あ、ああ! そ、そうですよね! そ、そうよ! いざとなれば、買い取ればいいんだわ! 私、つい余計なことを・・・!」
そのやり取りを見て、マールは腹を抱えて笑った。いつもは落ち着いた雰囲気のエアリアと、冷静なアルルが二人でうろたえている。これがガルダンとカイルならいつものことだが、この二人がこんな反応をするなんて言うのは、想像したこともなかった。
マールに釣られて、カイルもガルダンも笑い、申し訳なさそうにしながら、若夫婦も口を隠して笑っていた。我に返った二人が、頬を染めて俯くと、その様子がいかにも可愛げで、さらに一同の微笑みを誘うのだった。
「W.I.A.」
第1章 第6話 ②
了。
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