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短編小説「おおかみいぬの孤独」
ようやく、この舞台に立てた。
世界中から、その地域を代表する「戦士」たちが集うこの大会に、とうとう出場することができた。
この場所で、「いぬ界の世界一」を掴み取るために、今日まで努力してきたのだ。
「かわいいこそ、最強」と言われて久しい「いぬ界」で、あえて「かわいさ」を捨て、身体と牙を鍛え、爪を研いできた。
この日のために。
一回戦。
相手は、ヨーロッパから来たスラリとした、いかにも身軽そうな戦士だ。セッター系だろうか。私より動きは早そうだが、相手に不足はない。
開始直後、私は先制のパンチを相手にお見舞いした。
ガードの上からだったが効果があったようで、相手はよろめいた。
それから、また少し打ち合ったら、相手が戦闘態勢を解いて自分のコーナーへと帰って行った。
すぐに、試合終了を告げるゴングが鳴らされた。
なぜかは分からなかったが、相手が棄権をしたようだ。
どうしたと言うのだろう?
具合でも悪くなったのだろうか?
私は相手に敬意を示すために、近付いて握手を求めたが、相手は泣きながら何かを喚いていて、握手には応じてくれなかった。
だから、なんで棄権したのかも、聞くことはできなかった。
試合後、相手が私のことを、
「あの人は『いぬ』じゃない、『おおかみ』だ。『おおかみ』とは戦えないから棄権した」
と言っていると、聞いた。
『またか・・・』
この前も、同じようなことを言われた。
「遺伝子に『おおかみ』が混ざっているから、この大会には出られない」
と。
そんなことを言われたって、私にはどうすることもできない。
私は、生まれた時からハスキー系の雑種だ。見た目は確かにおおかみに似ているかも知れないけれど、おおかみのように大きくないし、狼爪もないし、指の間に水かきもない。「いぬ」の両親から生まれ、「いぬ」として今まで生きてきたのだ。
この大会にだって、きちんとした身体検査を受けてパスしているから、「いぬ」として出ているのに。
『私に勝てないと思ったから、そんな言い訳をしてるんだ』
最初は、そう思った。
だけど、そうじゃなかった。
「おおかみは『いぬ』の大会に出るな!種類が違う!」
「おおかみの大会では勝てないから『いぬ』の大会に出ているんだ」
「見た目も、まるでおおかみみたい」
みんなが、よってたかって私を「おおかみ」と決めつけた。
相手の国の長までが。
「気にすることはないんだよ、お前は私たちの、自慢の子だ」
悩み戸惑っている私を見て、両親はそう言ってくれた。
そうだ。
私のことを何も知らない人たちの話になんか、耳を貸す必要はない。
私は、私の道を行く!
次の戦いも、その次の戦いも、私は常に相手を圧倒して、勝った。
それぞれがとっても手ごわい相手だったけれど、負けるわけにはいかないのだ。
勝って、証明しなくてはならない。
いろいろなことを。
負けたら最後、言われっぱなしで終わるだけだ。
私は絶対に、そんなことにはならない!
これが、最後のたたかいだ。
この相手に勝てば、私は「世界一」になれる。
そして・・・
私は、勝った!
「いぬ界の世界一」になったのだ!
・・・だけど、祝福の声は、私には届かなかった。
相手には、同情とも応援とも取れるような、多くの声が寄せられているのに。
どうして?
どうして私には、賞賛も祝福もないの?
もういい。
そんなに言うなら、今度はおおかみ界で世界一になってやるまでだ。
「待ってくれよ! キミは、どこからどう見たって『いぬ』じゃないか!これは、おおかみの大会だよ? キミは、出られない。」
「でも! でも私は、『いぬ界』ではおおかみと呼ばれています! 遺伝子に、おおかみが混ざっているんです!」
「そうなのかい? でも、だからと言って、キミを『おおかみ界』の大会に出すわけにはいかないよ。 おおかみは、身体も大きいし、力も強い。 これは、キミがケガをしないためにも、大事なことなんだよ。」
「そうしたら、私は、どうしたらいいんですか?」
「それは、ボクに聞かれても困るなぁ。キミは、さしずめ『おおかみいぬ』なんだから、『おおかみいぬ』の大会にでも、出たらどうだい?」
「『おおかみいぬ』・・・?」
「だって、そうだろう? 見た目は『いぬ』なのに、見えない部分は『おおかみ』なんだから。 『おおかみいぬ界』の大会に出るべきだよ。」
「・・・それは、どこに行けばいいんですか?」
「さあ・・・それも、ボクに聞かれてもなぁ・・・。」
そうなのか。
私は、『いぬ』でも『おおかみ』でもない、『おおかみいぬ』なんだ。
世界中を探してみたけれど、『おおかみいぬ』の大会はなかった。
そもそも、『おおかみいぬ界』さえも、見つけることができなかった。
同じような悩みを抱えている人は、世界中にいたけれど、同じようで、少しずつ違う。
私は、孤独だ。
いや、違う。
見つからなければ、作ればいいんだ。
自分たちの世界を。
自分たちの大会を。
すぐに、とは行かないけれど、必ず作って見せる。
もう、私のような思いをする子がいないように。
私のたたかいは、まだ終わっていない。
わたしは「おおかみいぬ」。
「おおかみ」でも「いぬ」でもない。
だがもう、孤独ではない。
おおかみいぬの孤独
了。
偉大なる勝者たちに。
最大級の敬意と賞賛と共に、これを捧ぐ。
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