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深谷忠記「目撃」

深谷忠記「目撃」(徳間文庫)。全648頁もの大作であるミステリー。
https://www.amazon.co.jp/dp/B01FJ5276K/
 関山夏美・38歳は夫殺しの容疑で逮捕された。リストラ後に酒に溺れて暴力を振るう夫の生命保険を目的に、看護師として勤める病院から盗んだ毒物を混入したビールを飲ませて毒殺したと容疑をかけられた。犯行現場の公園で、彼女を見たと言う目撃者の存在、病院で当該毒物が紛失、そして長期勾留による夏美の一時自白で、一審で懲役10年の有罪判決がなされた。しかし夏美は無罪を主張して、弁護士・服部朋子は控訴審で夏美の無罪を主張。幼い頃に母親が父親を刺殺した過去を持つ曽我英紀は、祖父母の家で引きこもりの生活を送っていたが、大学卒業後に繊維会社に勤める傍らに懸賞小説で受賞して、ミステリー作家の道を歩んでいた。曽我の執筆した冤罪を扱った小説を読んだ夏美は、救いを求める手紙を曽我に送った。曽我には、眼の前で母親が父親を刺殺するのを目撃するという過去があった。偶然にも夏美を弁護士していた服部朋子は、曽我の同窓生だった。朋子から聞いた夏美の娘である美香の気持ちが、同じ境遇にいた曽我には痛いほどわかった。こうして曽我は、夏美の弁護に協力することになる。
 主婦によるアル中の夫の毒殺事件、暴力を振るう夫を刺殺した妻の事件。38年の時間を挟んだ二つの無関係な殺人事件が、法廷推理の過程で密接に影響して、双方の事件の真実を明らかにする。本書解説の野崎六助氏は、これを「深谷式・二重交叉」と呼ぶ。物語の鍵は、人間の記憶というものが、いかにあてにならないのかという点。記憶は前後に当事者に与えられる情報によって、後天的に作り変えられる。従って、本書のタイトルである「目撃」の証言がいかにあてにならないかを、著者は多くの心理学説や事例を挙げて検証している。それは読者を裁判所の判事と見立てた、弁護士の入念な説得である。そして、物語のもう一つの軸としてあるテーマが、事件に巻き込まれた家族の受ける心労である。毒殺事件の被告である夏美の娘・美香と、刺殺事件で犯人とされた妻の息子であった曽我。事件の後で、二人が受けた深い心の傷は、守られない立場にある子供という弱者の存在という社会的課題を提起している。そして毒殺事件は4年、刺殺事件は38年という年月を経て、絶望的な不利からの逆転推理。それは読者ですら『無理』と思える状況から、コツコツと諦めずに証拠を積み重ねていった服部朋子弁護士の姿を通して、著者が読者に「諦めるな!」と訴えた、人生の指針でもある。

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