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内田康夫「上海迷宮<新装版>」(徳間文庫)

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 父親が殺人の容疑で上海市公安局に捕縛された、日本で法廷通訳を務める美しい中国人女性・曾亦依(ソウ・イイ)。しかも彼女は新宿で親友の変死体発見と、二つのアクシデントに遭遇する。お世話になった林教授からの紹介で、彼女の窮状を助太刀することになった浅見光彦。飛行機嫌いなので船便で上海に渡航。警察庁刑事局長である兄・陽一郎の手回しもあって、日本総領事館と上海公安局の協力で、浅見光彦は二つの事件の真相に飄々と迫る。
 上海の急激な経済成長に伴う黒社会の進出。それは黄(売春)、毒(麻薬)、賭(賭博)から、蛇(密航)、槍(銃器の密売)、陀(取り立て)、殺(殺人の請け負い)、拐(誘拐)へと活動を広げている。日本のヤクザとは違い、正業に就いている人間が、その時々に組織犯罪に参加する。警察庁刑事局長である兄・陽一郎に言い含められたことは二つ。「外国へ行くについては、国益を損なうようなことがあってはならない」「理非曲直を正す道を貫き通すことこそ、わが国の公正さをアピールする結果に繫がる」。平素の脱力感には似合わぬ、浅見光彦が見せる決然たる姿勢。そこが曾亦依も浅見光彦に惚れてしまった所以であろう。しかし第7章のタイトルにあるように「多情仏心」の心で、血生臭い事件は穏やかにカーテンが引かれる。
 蛇足だが、冒頭で浅見光彦が曾亦依と出会うシーンが、出生地である東京都北区ネタ。平塚神社の茶屋・平塚亭で団子をつまむシーン、浅見光彦は西ヶ原、曾亦依は神谷に在住。もう一点「自作解説」で、ワールドクルーズの最後に、徳間書店の担当編集だった女性に、本作品のトリックにおける矛盾を指摘されて、徹夜で原稿30枚を書き直したことを語っている。それを女性編集者が「先生は天才ですね」と賞賛したことを、誇らしげに書いていたのが笑えた。

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