白石一文「一億円のさようなら」
白石一文「一億円のさようなら」(徳間文庫)。以後、若干ネタばれ。加能鉄平・52歳は、医療品素材の製造販売の「加能産業」試験機器調達本部本部長。しかし同族会社の従兄弟である社長・加能尚之に干されて閑職にある。家庭では美しい看護師だった夏代・51歳と30歳で結婚し、仲睦まじく暮らしてきた。息子・耕平と娘・美嘉も大学に通うまで育て上げた。鉄平はある日インフルエンザに罹り、働きに出た妻を見送って、自宅で一人で過ごしていた。そこに兵藤・中野法律事務所の北前隼人なる弁護士から夏代宛の電話を受け、かわりに応対する。そこで鉄平は、夏代が48億円という莫大な財産を密かに所持していたことを知る。加えて息子・耕平は、いつのま間にか尚之社長の娘・真由と鹿児島の独居先で同棲を始めていた。娘・美嘉は大学のある長崎で妊娠していた。家族たちが自分の全く知らない世界を持っており、更に鉄平は妻の夏代が更に重大な秘密を隠していたことを知る。折りしも、加納産業の工場で大規模な爆発事故があったにもかかわらず、勢力争いを繰り広げる会社に愛想が尽きて退職。そして家を捨てて、第二の人生を求めて、幼馴染みの女性・藤木波江が住む金沢に単身移住する。
仕事に打ち込んで、家庭のことは妻に任せっきり。職場の晩年を迎えた時に、多くの男性は家庭における自分の空虚を知る。自分もそうであったから、主人公・鉄平の気持ちはよくわかる。しかも妻は巨大な秘密を隠していた。『もうどうにでもなれ』と鉄平が思うのも、いたしかたがない。そこからの鉄平の切り替えは見事だった。高齢化社会を反映して、定年後に行き場を失った男性の再生を描く小説は多い。けれどこの作品は、鉄平の再生だけを描いたわけではなかった。夫婦の落とし前には、二転三転のドラマが待っていた。『こんな都合のいい話、世の中にあるわけないじゃない』と思わなくもないけれど、やっぱりそのドラマチックに快哉を叫んでしまう。物語は全てハッピーエンドで終わる必要はない。しかし気持ち良く終わって欲しい。長い年月を重ねる夫婦生活。それだけの星霜を潜り抜けてきたという実績は、半端なことではない。最後に申し上げたたいのは、女は恐ろしい、女はしたたか、女は全部お見通し。そして鉄平は夏代の期待に見事応えたのだ。ラストで夏代に惚れた。ちなみに本作品は、NHK-BSでTVドラマ化の予定。初回は9/27で、鉄平を演じる主演は上川隆也、妻の夏代は安田成美。
https://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/20000/432818.html