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大沢在昌「ライアー」

大沢在昌「ライアー」(徳間文庫)。電子書籍版はこちら↓
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 貞淑な妻であり、情愛深い母である神村奈々。しかし「消費情報研究所」に勤める彼女には、もう一つの顔があった。それは「委員会」という名の秘密国家機関からの暗殺命令の請負人だった。平穏だった奈々の日常生活は、大学教授である夫・洋佑の変死から一変した。夫の死因に納得がいかずに調べた結果は「関東損害保険事業者連合会」という不審な組織に行き着いた。その情報をもたらしたのは、洋佑の事件担当である新宿警察署の駒形刑事だった。そこから始まる尾行、拉致、襲撃。奈々と駒形は手を組んで、事態の真相に迫る。そして息子の智を守らねばならない。次々と現れる黒幕や、隠された思惑。その先に登場したのは、思いもよらぬ人物だった。
 市井の美しい主婦が、冷静無比な暗殺者であるという矛盾。しかも稀代の凄腕で、ゴルゴ13並みのクールさである。そのアンビバレンツなギャップに心惹かれるのは、作中の駒形刑事だけではないだろう。そんな彼女の心の殻を破ってゆく、駒形刑事の役割はミステリーというより恋愛小説である。同時に次第に明かされてゆく夫の死の原因が、殺人者としての奈々自らの存在を揺るがせてゆく。奈々の揺らぎは、政界の陰の実力者である義父・直佑の示した決断との対極にある。この自己撞着と甲藤が、この作品の主たるテーマである。
 そして内閣官房や国家公安委員会や法務大臣など、手を汚さずに国家の安寧を図る特権層。一方で硝煙と血飛沫の現場に身をさらす実行組織の人々。お互いに名前すら知ることはない。殺されようが、殺そうが、表に出ることは決してない。それが非合法な組織と目的であるから。国家は生死の与奪を手に握っている。もはや誰がトップかと言うよりも、組織自体が下す非情な掟である。しかしその理不尽さを、全ての人間が受け入れるとは限らない。混乱した指揮系統が事態をカオスに導く。手に汗握る殺戮劇の連続は、為政者の傲慢さへの天罰に他ならない。


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