大相撲特別場所「しのぎを削ったライバルたち」
大相撲夏場所の中止の代替として、NHKが「大相撲特別場所」放映する5月31 日(日)の第2回放映。今回はライバル横綱の時代。実力伯仲で観ていて、ワクワクする。特に相撲ファンとなった、北玉時代を取り上げてくれるので、最大の楽しみだった。観ていて、ずっと落涙。
特に横綱・玉の海(大関まで玉乃島)は初めてファンになった力士なので、観ていて感慨深い。愛知県蒲郡市の出身で、生い立ちから苦労が多く、口数も少なく忍耐と努力の人であった。得意技の「吊り出し」は見事だった。そして玉の海は悲劇の横綱でもあった。虫垂炎で入院した虎ノ門病院で、手術の後に心不全で亡くなった。まだ僅か27歳の若さだった。小学校六年生の時に、このニュースを聞いた衝撃は忘れられない。
同じく綱を張った北の富士は、陽気にして天才肌の力士。私生活でも、演歌歌手をやったり、「夜の帝王」と呼ばれたりして派手だった。そして玉の海が急逝したことを教えた記者に「嘘だろ」と問い質し、本当だと知った瞬間に「島ちゃ〜ん!」と号泣した人柄の良さが魅力。玉の海が亡くなった後、北の富士も張り合いがなくなったのか、やや精彩を欠いた印象があった。引退後も、弟子の千代の富士が一代横綱でなく、継承される九重部屋の年寄名跡を希望したら、サッサと角界を離れて、相撲解説者となった欲のなさ。いかにも北の富士らしい進退だった。
北玉時代。北の富士勝昭(優勝10回)と玉の海正洋(優勝6回)の両横綱こそ真のライバルだった。ライバル横綱と称される時代はいくつもあった。しかし栃若時代は、二人のピークが少しずれていた。輪島と北の湖の輪湖時代も、朝青龍と白鵬の青白時代もしかり。柏鵬時代は、大鵬と柏戸に差がつき過ぎた。ライバル二人のピークが同時期にして同力量だったのは、明治には梅常陸時代があったが、昭和以後では北玉時代だけである。玉の海が右四つ、北の富士が左四つの喧嘩四つ。土俵入りも、玉の海が不知火型、北の富士が雲龍型。取り口も性格も二人して正反対だったことが、見事なコントラストだった。
https://www1.nhk.or.jp/sports2/sumo/
2️⃣第2回(5月31日)16:10〜17:20
①(ライバル横綱)
・栃若時代(栃錦、若乃花)
・柏鵬時代(柏戸、大鵬)
・北玉時代(北の富士、玉の海、琴櫻)
②インタビュー
・貴景勝
・照ノ富士
3️⃣第3回(6月7日)16:10〜17:20
①炎鵬特集
②白鵬vs朝青龍の激突
③インタビュー
・白鵬
・炎鵬