見出し画像

下村敦史「黙過」

下村敦史「黙過」(徳間文庫)。命の意味を私たちに問いかけた荘厳なミステリー。4つの短編小説を読んだわれわれは、最後の河口部で今まで何を読んできたのか、ようやく悟る。「読者は4回騙される」が、この作品の売り文句。しかし有栖川有栖先生が解説するように、その4回は単なる序章に過ぎなかったことを思い知る。前作「法の雨」で、成年後見代理人制度にメスを当てて度肝を抜かれて、すっかり大ファンになった。今回は生命の尊厳という全く異なったテーマで、想像もできなかった大団円。
https://www.tokuma.jp/book/b528702.html
①優先順位
倉敷敬二、医師、光西大学附属病院の駆け出し医師である倉敷敬二。交通事故で肝臓破損した30歳くらいの男性。肝臓移植をすれば助かる可能と考えるが、滅多に手に入ることはない。そこを学内で権勢を誇る進藤准教授に、彼が臓器移植を承諾したドナーであることは、一人の命でより多くの人命を救うと諭される。そこに現れた進藤准教授の教授争いのライバルである都郁子准教授が、倉敷に医の仁義を問う。ところが重篤の患者は突然失踪する。誰が何のために彼を隠したのか。
②詐病
音楽家を志す内海総司は、父親の不調を見舞いに久しぶりに勘当された自宅に帰る。そこには、大手広告代理店を休職してまで父親の介護で疲れ果てた兄・賢の姿が。父親の大二郎は厚生労働省の事務次官まで務めた人物だったが、賄賂疑惑の中でパーキンソン病を理由に職を辞した。しかし総司は偶然に父親が健常であることを知って愕然とする。父親が語った詐病の理由は、安楽死の意義の検証だった。果たして父親の弁明は真実だったのか?
③命の天秤
仙石聡美・26歳は、仙石養豚の跡取り娘。反種差別集団ASGの養豚を、種の差別と批判するクレームに悩まされていた。新たに仙石養豚に雇用された清水二郎・38歳。ある日、分娩兆候を示していた10頭の母豚の胎内から子豚が消失。近所の荒巻養豚に疑惑の目が向けられる。畜検査員の三浦拓馬は、子豚の抜き取りではなく、母豚のすり替えと看破する。
④不正疑惑
精神神経医療センター副センター長の小野田智一は、大学の同期であり、有名大学細胞研究所に務める柳谷彰宏が首吊り自殺したことに衝撃を受ける。しかも遺書には「人間として赦されないことをした」である。小野田を尋ねて来た医療ジャーナリストも真崎尚哉。彼は柳谷が愛娘のための億単位の心臓移植手術費用を捻出するために、学術調査官として研究費の不正受給が理由でないかと言う。小野田は親友の無実を証明するために、取材に協力する。
⑤究極の選択
4つの物語が合流するカタストロフィ。進藤准教授は、いったんは成功に見えた心臓移植手術が失敗に終わり、失意のどん底にいた。そこに倉敷が都郁子准教授についての重大報告。それは医学の常識を覆す、驚天動地の疑惑だった。4つの短編の登場人物たちが、光西大学付嘱病院の手術室に続々と集まってくる。明かるみに出た事実は、果たして人道に悖るものだったのか。そしてこの真実は公表されるべきなのか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?