大人になった。
大人になった。社会人としても板についてきたように思う。それなりに経験は重ねた。恋以外は。
2回の勇気を出した。いや、もう少し出しているかも。
最初は年賀状だった。初恋にわたしは縋っていた。
メールアドレスを書いた。やりとりをするようになった。旅行に行くことになった。二人で。社会人一年目の夏だった。
恋のノウハウも何も知らなかった。一泊二日。期待していなかったとは言えない。期待していた。何に?関係が進んでいくことに。
でも進まなかった。
一緒の部屋で寝た。布団は隣り合わせだった。何もなかった。何も起こらなかった。
周囲からはどういう関係に見えていたのだろう。わたしにはわからない。
次は職場のひとだった。コンサートに誘った。
好きかと問われると正直わからない。でも嫌いではなかった。安心して、素のわたしでいれるひとだった。
コンサート後、食事に行った。「同棲を考えているひとがいる」といわれた。嬉しそうだった。わたしは応援した。一緒に喜んだ。
あのときの店員にはわたしの表情はどう見えていたのだろう。わたしにはわからない。
ひとつ、わかることがある。
恋になる前に死んだのだ。
その次は、また初恋に戻った。執念なのかもしれない。
連絡をとった。食事に行った。その頃は、お互い社会人になっていた。
引っ越したという。気持ち悪いと思われるかもしれないが、引っ越した先で一緒に生活するイメージまでした。
いまでも覚えている。エスカレーターを上っている時だった。
どういう話の流れでそうなったのかは覚えてない。
初恋は引っ越した。その理由を聞いたのかもしれない。
異動?そう聞いたのかもしれない。
同棲?きっとそう聞いたのだと思う。
そして、結婚したということを知った。
結婚しても女と二人で会う男。奥さんにはなんて説明してるのだろう。軽薄なのか。
いや違う。きっと説明すらしてないのだ。説明するにも、弁解するにも値しないのだ。わたしはそれまでにも達していないのだ。
男にとって女ではないのだ。
どんな食事をしたか覚えている。色々と笑って笑顔を見せたことも覚えている。二軒目という話になった時、断って、笑顔で手を振ったことも覚えている。
帰りの電車で傘を忘れたことに気づいた。
そうだ、たしか天気が悪い日だった。
手垢で汚れた電車の窓から、傘と一緒に置いていこうと思った。でもわたしは置いてなんかいけずに、まだ忘れたあの傘を探しているのだ。