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「故人で笑う、故人と笑う」

 今回は八重さんの祖父母の話。
 八重さんのじいちゃんはそれはそれは孫バカで、えらく八重さんを溺愛していました。うちの父親に対しては厳格な父だったようですが、八重さんを見ると目尻を下げてデレデレしていたものです。
 
 八重さんの社会人一年目の時のことです。そんなじいちゃんが風邪をこじらせて肺炎になり、入院。ずっと寝ているからか、脳梗塞を起こして声が出せなくなり、右半身不随になってしまいました。
 夕方にお見舞いに行くと、八重さんが部屋に入るなり、ゆるゆるになってしまった左手の腕時計を見て、にこにこと病室の入り口を指すのです。筆談で確認すると「暗くなる遅い時間だから帰りなさい」という意味でした。声も利き手も失って入院しているのに、自分のことよりもお見舞いに来たばかりの孫を心配するのです。これには思わず笑い泣き。
 それからそう長いことなく、じいちゃんは死んでしまいましたが、最期まで本当に孫バカでした。
 
 さて、そのじいちゃんのお通夜はたいへんな盛況っぷり(?)で、村の公民館のホールから弔問客がはみ出るありさまでした。愛されていたんですね。
 で、翌日。お通夜に来られなかった人など含めて、これまたぼちぼち盛況なお葬式。忙しさの中でさみしさや悲しさは遠慮がちに引っ込み、息つく暇もない。身内の葬儀ってそんなもんですよね。そして、じいちゃんは惜しまれながらもサクッと火葬にされてしまい、遺骨を引っ提げて家に帰ってきた後、事件は起こりました。
 家に弔問客がやってきたのです。よくわからないことを言いながら。
 
 夕方。僕らはじいちゃんが骨になって、やっとひと段落したので、みんなでしみじみお茶を飲んでいたわけです。終わったねえ、いやあ終わった、と。
 そこに玄関チャイムが鳴ります。
 「すみませーん」
 出てみると、生前、やや付き合いのあった役場の女性。
 「公民館に行ったんですけど、誰もいなくって……お通夜って今日でしたよね、今日じゃなかったでしたっけ、私勘違いしてましたかね……」
 勘違いも何ももうすっかりじいちゃんは骨。ちょっと失礼にもほどがあるけれど、せっかく来てくれたのだから、と仏壇に案内します。ごめんなさいごめんなさいと言いながら拝んでくれました。
 そして、せっかくだからお茶でもどうぞ、と葬儀後の家族団らん(?)にばあちゃんが引き込みます。強引なところがある人なんです。女性は話題に困って、よせばいいのにこんなことを言いました。
 
 「あの、(じいちゃんの病気は)ずいぶんお悪かったんですか」
 
 ばあちゃんが間髪入れずに、とぼけた調子であっさりと答えます。
 
 「ええ。死ぬほど」
 
 これには家族大爆笑。そりゃそうだ、悪いに決まってるよ、死んでんだもん、うまいこと言ったねえ、……。女性はいたたまれなくなったのか、居心地悪そうにすぐに帰ってしまいました。少し悪いことしちゃいましたかね。

 でもね、この人、結果的にいいことしてくれたんです。あの大爆笑の瞬間、めちゃめちゃ気持ちが楽になったんです。悲しみとさみしさ、そして大変な忙しさで気持ちも体もこわばってたんですね。ひとしきり笑った後、本当に終わったんだなあ、と改めてしみじみして、救われた思いでした。
 ふと思うことがあります。ばあちゃんが、じいちゃんのことで大爆笑をかっさらったあの時。あの時、あの輪の中に、じいちゃんもいたんじゃないかなって。一緒に笑ってたんじゃないかなって。そうだったらいいのにな。
 八重さんは自分の死んだときも、大切な人たちに笑いのある葬儀がいいなあと思ってます。そして一緒に笑いたいなあ。

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