
たとえ報酬は得られなくても手を抜く理由にはならない
昨日、消しゴムを買うために百均に行ったが、洗顔クリームと歯磨き粉を買うかどうか悩んで、200円の洗顔クリームと190円の歯磨き粉を買った。
所持金は千数百円。
計算すると、今月末の引き落とし額に1066円足りない。小銭は振り込めるのだろうか……。
どのみちこれで現金数百円。
来月頭の支払いは12万弱だった。
今日も中国の口座にある私のお金はおろせない。
今日は日本の中国大使館に勤めていた人に相談してみた。
それによると、やはり私が離婚後名前が変わってることが大きな問題というのがわかった。

戸籍謄本ぐらいじゃダメなようで、新しいパスポートに古いパスポートから更新したという記録はないかと聞かれたけれど、そんなものはない。期限切れたものを新しくしてるし、その際苗字は変わっている。
「それは困りますね」
大学が提示する方法は、誰かに口座を作ってもらい、そこにお金を入れて、海外送金にするというもの。
今日、かつて私が働く大学の日本人留学生だったつっちーが、大阪の建設銀行やChinaBankに行ってくれて色々聞いてくれた(感動)
それによると、やはり離婚して名前が変わったことがさらに問題をややこしくしているとのこと。
そしてやはり大学が言っている海外送金の方法が一番いいってことに。
しかし海外送金の手数料は何千円と高い。
もしそれが私の給料から天引きというなら納得がいかない。
私はほかの同僚の日本人教師よりもより多くの時間を学生に費やしている。短い動画を送りつけて終わりでもなければ、学生が理解できないまま終わらせて平気なんてこともない。だからこそ学生たちからの信頼も厚いし授業評価も高い。
でも、それって金にならないんですね……
実はさっきも卒業生から仕事の相談。彼は日本語の翻訳チェックなどの仕事をしているが、どうしても自分で解決できないときに私を頼ってくる。
翻訳の仕事自体はおもしろいし、彼の助けにもなるので、私は無償でいつも助けている。
この仕事は面白いと思ったのでバイトにならないかと彼の上司に履歴書を送ったが、私がゲームに造詣が深いわけじゃないと知り、仕事ももらうことはなかった。
でも私はライター仕事の経験もあるが、自分に興味がないことでも調べて記事にすることはできる。逆に造詣が深いからいい記事が書けるってわけでもないし、ましてや翻訳の精度となるとまた別だ。
でも結局この仕事ももらえなくて、私は相変わらず無償で卒業生を助けている。
そして、さっきも下手くそな日本語の翻訳のチェックに苦しむ彼を助けた。一時間半かかった。
で、最後に聞いて驚いたのが、この日本語訳をしたのが、日本人であるという事実。翻訳以前に日本語がおかしい。日本語の使い方がおかしいので全然ちがった意味になっている。
それでもその日本人はきっちり報酬をもらっているという。
反面、私はこの日本人の日本語を修正しても何の報酬もない。
唯一、卒業生の助けになったというだけだ。
この後も彼は残業で、連日残業でメンタルもやられ気味。だからこそ、私を使えと言ってあるのだけどそれでも自分でやれるところまではがんばるタイプ。だからこそ助けているのだけれど、この日本人の翻訳のせいで、卒業生は連日残業に苦しんでいる。
彼らは正しい日本語を学んでいるため、少しでもおかしな日本語を使われると自分で解決できなくなるのだ。
しかもなぜこんな翻訳の日本人には報酬が発生して、私は仕事すらもらえないのか。
さらには大学の給料さえも受け取れなくなったこの現状。
今日は応募したパン屋の入っているゆめタウンから電話がきたけれど、応募内容と時間帯もちがうし、希望の時間帯なら食品レジしかないという。そして拘束時間が長い。
レジ打っている間は当然携帯などは見れない。その拘束時間の間、携帯には学生たちの質問やら課題の解答が山のようにたまるんだろう。今でさえ、テトリスとかをつぶしていく感覚で、どんどん解答してたまっていくチャットやメールを消していっているのに、対応しきれなくなるのは目に見えてるし授業準備もできなければ授業の質が落ちてしまう。
でもね、思うんですが、そこまでしてがんばらなくてもいいのでは?
今の学生のレベルや卒業生の仕事に対応するためにスキルアップしようと日本語教育能力試験を受験しようとし、そのための受験体制として島に来たのに来た早々、バイトで生活費稼がなければならない状況になってしまった。
連日バイトのチェックと応募や登録。
米が減るので食べないようにしてるし、なにせ所持金の現金がないので、いかに食料減らさないかを考えている。
幸い今日は卒業生の仕事を手伝っていて晩御飯を食べそびれ、おなかもすかないからこのままお湯のんで寝てしまおうと思う。
今日発見したのは、パスタ(隣からもらった)の湯で汁で洗い物をすればお湯を使わなくていいということだ。
え?それならパスタゆでた鍋も洗わなくてもきれいなんじゃね?と頭もバグってきた。
今日は雨。
朝から寒くてエアコンつけてるけど、なぜかエアコンから冷風が出るので寒い。風呂でしのぎたいけど、灯油が減るのが気になって風呂にあまり入れない。それどころかお湯もあまり使えない。
ただでさえ、灯油代を隣の人から借りている。なくなったらまた借りなければならない。だから寒くても風呂にはなるべく入らないようにしないとならない。
そして考えたのが、井戸水をわかしてお湯にして湯たんぽにいれるという方法。その湯たんぽを抱きしめたり足にあてれば体が温まる。
寒いし腹減るとなんかほんともうどうでもよくなってくる。
得意なことを仕事にしろというならば、今私が無償でやってるようなことなんだろうけれど、それがことごとく金にならない。
もともと安い給料とは思っていたけれど、とうとう所持金数百円状態にまでなってしまった。
でも私が大学からの給料が手に入らなくてボランティア講師みたくなってることは、学生たちとは何の関係もないことなので、やはり授業はいつものテンションでエンタメで明るくやっている。
楽しんでればお金があとからついてくる?
私についてきてるのは、貧乏神さんだけですが?
でも不思議とそれほど落ち込まないのが、なんかもうそうなるようになってるのだからしょうがないって思っているからかもしれない。
今日も一日できることはやった。
その上でこのありさまなのだからもう仕方ない。
仕事が決まらず支払いのメドも立たないまま日にちだけがどんどん過ぎていく焦りや不安から、とても資格取得の勉強に打ち込む状態になれず、とにかくどうにかできないかと今日も方々に問い合わせた。私のために動いてくれる人もいれば、返事すらしてくれない人もいる。それでも圧倒的に助けようとしてくれる人が多いので、その気持ちはありがたいと思っている。
まあ、昔の自分なら「なんで自分ばかり!」と悲劇のヒロインになって酔いしれただろうが、今はなんか諦めの心境というか、自分の不幸と他人の幸せに関連性はないし、自分ががんばっても報われないと感じていることと他人の成功や幸福は何の関係もない。だからわりとこんな状態でも人に助けを求められると話を聞いたり、できることはやっている。
そんな私に今日仕事を手伝った卒業生がくれた言葉がこれ

粛然として襟を正す?

なんかいい先生ってなんだよ笑笑
まあ「尊敬の念を抱かせる」って意味らしいけど
別な学生も言う

ほんとありがたいことだな。金は得られないけど身に余るほどの尊敬や信頼は得てきたわ。
比べても仕方ないけど、適当に授業してたって、くそみたいな翻訳してたって、報酬もらえる人はもらえるんだよ。そして私はもらえないんだよ。だからって、私がいい加減な仕事をしたりいい加減に人と向き合う理由にはならん。ただそう思ってやっている。
金銭的な報酬がろくにもらえない自分は価値がないとも思ってないし、誰もが自分に見合った給料もらってるとも思ってない。だから現実こんなことが起きてるわけで、なんかもうそこのところを「なぜだ!!!!」と苦しむのをあきらめた。
いや、「なぜだよ!!!!」とは思ってはいるけれど、行動してもがんばってもやる気になっても、今現在無収入ってのが現実だし。
こんな時、頭に浮かぶのはフランクルの言葉。
『人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない』
自分が大変だなぁと思う状況でどれだけ人を思いやれるのか。
またバイト生活に戻るのかとつっちーは言うけれど、もうそうなる流れなら仕方ないと思ってる。若いころは自分が自分がと自分を生かそう生き残ろう前に出ようって気持ちが強かったけれど、今はなんかもう諦念の中に、これから生きる若者たちに応じられることがあってよかったわって心境だ。
定年までなんとか我慢して食いつないでいくみたいな言い方をした高校教師のぼやきを聞かされたこともあったけど、正直、そんな気持ちで学生たちの貴重な時間に関わるなと思ってしまった。
でもじゃあ真剣に関わって、人生の師とか日本人の希望みたいに言われていても、食いつなぐだけの報酬ももらえない私は何なんだ。だけど結局自分がどういうあり方をしたいかってだけのことで、それと稼げることっていうのはほんと関係ないんだなぁって思う。
私のために口座を開こうとしてくれたアン先生や妊婦の委員長にも感謝だけど、アン先生はこの後日本での生活があるからそれはできないし、上海のあおりで家から出られなくなった委員長の体のほうが心配だ。食料あるのかと私が心配できる立場でもないけど、心配した。そして今もし委員長が食べるものがなくて、私がそばにいたらやっぱり私は自分の残り少ない食料も全部差し出すんだろうな。
そう考えると私の人生終わりに向かってるんだなぁとリアルに思う。やっぱり自分より生まれてくる子やその若い母親を生かすべきって思うもの。
セルフネグレクトになっていった父の気持ちもわかるのだ。でも私は最後まで自分より誰かを気にかけていたい。金で援助はできなくなっても、温かい言葉をかけるなり、励ますなり慰めるなりしたい。
これから方々に頭を下げて支払いのための借金を願うことになるおまえの口から何を言うだけど、とにかくもうあきらめるものはあきらめて、バイトでもなんでもして支払うべきものを支払わねばならない。
面接断らなきゃよかったんだろうか。授業しながら半日夜まで毎日バイトか。ほんと選んでる場合じゃないもんな。寒いし腹減るし所持金数百円だし、なんでこんなことに……だけども、この道じゃなかったってだけかもしれんし、そもそもどの道もなかったってだけかもだし、まあしゃーない。
自分に変えられるのは心の在り方だけなのだ。
手が冷たい……風呂入ろう……灯油がもつまでは風呂入ろう……