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#554 選挙出るみたいになっちゃった男
「マツシタケンジ、マツシタケンジをよろしくお願いいたします!」
夕方の駅前に、スピーカーを通した声が響き渡る。
マツシタケンジの写真と名前がデザインされたのぼり旗と、マイクを持った女が、行き交う人々に声を張り上げる。
「こちらのマツシタケンジ!埼玉県越谷市の生まれで、本日で23歳になります!小さい頃からサッカーに打ち込み、中学生の頃には、市の選抜チームに選ばれ、キャプテンを務めました!当時から周りに気配りができて、優しい人間だったと聞いています!本当に優しくて、頼りがいのある人間です!今後の日本を背負っていくであろう人材、マツシタケンジ!マツシタケンジを、皆様どうかよろしくお願いします!こちらのマツシタケンジ、最近では・・」
女が必死に演説をしていると、そこにマツシタケンジ本人が戸惑いながら現れた。
「・・・ユキちゃん!?ねえ、ユキちゃん!?」
「あ、ケンジくん!・・・駅前のみなさん、ご覧ください!マツシタケンジ本人が、この駅前に登場しました!盛大な・・」
「ちょ、ちょっとやめて!ねえ、これなにやってんの!?」
「え?」
「なんで俺、選挙出るみたいになってるの!?どういうこと!?」
「ケンジくん、誕生日おめでとう!」
「いや、おめでとうじゃなくて!これはどういうこと!?」
「ケンジくんの誕生日、一人でも多くの人に祝ってほしいなと思って!ケンジくんのこと、駅前のみんなに自慢してたんだ!」
「はあ!?」
「どう?びっくりした?」
「びっくりどころじゃないよ!わけがわからないよ!さっき大学の同級生から、お前選挙出んの?って急にムービー送られてきて!見たら、駅前で俺の旗持ったユキちゃんが、街頭演説してるから!慌てて家飛び出してきたんだよ!マジでどういうことなの、これ!」
「付き合ってから初めての誕生日だから、盛大に祝いたいなと思って!」
「いや、盛大すぎるって!」
「それに、ケンジくんは私の誕生日の時にサプライズしてくれたじゃん?お店でケーキ出してくれたやつ!だから私も、お返しにサプライズしたいなって!」
「もうここまで来るとサプライズとかじゃないのよ!」
「さあ、駅前のみなさん!マツシタケンジ!マツシタケンジ、本人でございます!」
「ちょっとやめて!」
「そうです!寝る時に、可愛く口を開けて寝るマツシタケンジです!どうぞ、大きな拍手を!」
「すごい見られてるから!おばあちゃんが何人か拍手しちゃってるし!」
「とにかく優しいんです!風邪の日に、お粥を作ってくれたこともあります!マツシタケンジです!」
「ちょっとやめてって!ユキちゃん!」
ケンジが、ユキからマイクを奪い取った。
「・・・喋る?」
「喋らないよ!そのつもりでマイク奪ったんじゃないのよ!」
「え?」
「ちょっともう帰ろ!おかしいよ、こんなの!」
「・・・え、嬉しくないの?」
「嬉しくないよ!恥ずかしいだけだよ、こんなの!」
「・・・ひどい!」
ユキは目に涙を浮かべた。
「え、ちょっとユキちゃん?」
「初めての誕生日だから、盛大に祝いたいなと思って・・。ケンジくんに喜んでほしくてやったのに・・。そんな言い方しなくたっていいじゃん!!!」
「いや、ちょっと一回落ち着こ?」
「マイクとかスピーカーの機材とかも借りてさ・・。のぼりの旗も作ってもらってさ・・。近くの警察署で許可取りまでしたのに・・。ケンジくんのこと、結果的に苦しめちゃったのかなあ・・。」
「その労力、他に使ってほしかったな!」
「もう、マイク返して!!!」
ユキはケンジからマイクを奪い取った。
「私は、ケンジくんのことが好きなだけなんだよ!!!私がどれだけケンジくんのこと愛してるかわかる?眠くなると赤ちゃん言葉になるところも、家で沢山くっついてくるところも・・」
「マイク通して言わないで!恥ずかしいから!」
「沢山、沢山愛してるのに!!!ねえ、愛してるって言って!!!」
「落ち着こ?カップルの喧嘩を大音量で駅前にお届けする形になっちゃってるから!!!!」
「愛してるって言ってよ!!!」
「ここでは言えないよ・・。」
「ケンジくん、ひどい!!!!」
ユキは泣き崩れた。
「ユキちゃん!すごい見られてるから!ねえ!」
「・・・・。」
ケンジは覚悟を決めて、ユキからマイクを奪った。
「えー・・・本日誕生日のマツシタケンジです。隣りにいるのは、彼女のナカガワユキちゃんです。僕にとって・・・最高の彼女です。」
「・・・え?ケンジくん?」
「こうして僕の誕生日を祝ってくれる、最高の彼女です!ユキちゃんと付き合っていられる僕は、幸せものです!そんな幸せ者の僕に・・・盛大な拍手をお願いします!!!!」