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#290 頼られたい男

マユミがバイト先の休憩所でイスに座って休んでいると店長がやって来た。

「はい。これ。コーヒー。あと好きなお菓子も買ってきたよ?」

店長は優しい笑顔を浮かべながら、手に持っていたコーヒーと芋けんぴを手渡した。

「え、もらっていいんですか?」

「うん。」

マユミは不思議そうな笑みを浮かべながら、店長に尋ねた。

「どうしたんですか?店長。こんなの珍しい。」

「聞いたよ?この前上手くいかなかったんだって?」

その言葉を聞いたマユミは、何かを察したように笑った。

「あー、オーディションのことですか?」

「うん。昨日営業終わりにマユミちゃんの話になってさ。すごい落ち込んでたって話聞いちゃったから心配でね。」

「わざわざありがとうございます。」

「元気だしなよ。まあ結構大きなオーディションだったみたいだから、すぐには元気でないと思うけど。決まってたら朝ドラ出れてたんでしょ?悔しいよね?でもさ、いつかこのオーディション落ちた経験がきっと財産になると思うから。」

そして店長は自らの胸をポンと叩いた。

「俺でよかったら話聞くよ。ほら、話したら気持ち晴れるかもしれないし。」

「ありがとうございます。でも私の中ではもう切り替えたことなので。」

マユミはそう言って笑うと、明るいトーンで続けた。

「それより来月のシフトの話してもいいですか?稽古の日程とか決まったんで。」

「俺じゃ話しづらい?」

「え?」

「でも俺前も言ったと思うけど、昔役者やってたからさ。マユミちゃんの気持わかると思うんだよ。話してごらんよ。」

「あ、ホントに大丈夫ですよ?もう次のオーディションに向けて気持ち切り替えたんで。私は元気です。」

マユミはニッコリと笑った。すると店長もニッコリと笑った。

「俺の前では強がらなくていいよ。」

「え?」

「俺にはわかるよ。マユミちゃんの目を見ればわかる。そんな簡単に切り替えられることじゃないと思うし。元気出ないよね?ほら、話してごらん?」

「あ、いやでもホントにもう元気なんで。」

「強がらなくていいって。」

「いや、ホントに。強がってないです。」

「いや、いいって。話聞くよって言ってんじゃん。話しなよ。」

「でもホントに話すことないですから。もう切り替えたし、今はすごく元気なんで。」

するとしびれを切らした店長が目の前の机を叩いた。

「落ち込んでろよ!!!!」

「は?」

「なんでもう落ち込んでる期間終わってんだよ!!!1人で勝手に元気になってんじゃねえよ!!!」

「え、私は今なにで怒られてるんですか?」

「俺バカみたいじゃん!1人で舞い上がってさ!すごい心配しちゃって!最悪だよマジで!」

「いや元気になったんだからいいじゃないですか!」

「良くねえよ!コーヒーとか買っちゃったじゃねえかよ!お菓子もよお!落ち込んでないならこの分の金返せよ!」

「いや店長が勝手に買ってきたんですよね?」

「なあ話聞かせろよ!」

「ていうか店長はそもそもなんでそんなに私の話聞きたいんですか?何か裏でもあるんですか?」

「裏なんかないよ!俺はただマユミちゃんが心配で、マユミちゃんのことを思って!」

「そうは思えないんですけど!そもそも私コーヒーとかも飲めないし!」

「え!?でもこれブラックじゃないよ!?ミルクも砂糖も入ってるよ!?」

「関係ないです。私そもそもコーヒーが飲めないんで。」

「え!?そんな人いる!?」

「いるでしょ!」

「でもほら!大好きな芋けんぴもあるし!」

「別に芋けんぴも好きじゃないですよ!私言いましたっけ?芋けんぴ好きって!」

「いや芋けんぴ好きなのは俺だよ!」

「あ、店長の好きなやつなんですか!?」

「そうだよ!」

「いや普通こういう時、あんまり自分が好きなもの買わないでしょ!私が好きな物買いません!?」

そしてマユミは続けた。

「やっぱり何か裏がありますよね!?店長は何が目的なんですか!?」

「いい人だと思われたかったんだよ!」

「はい?」

「落ち込んでるマユミちゃんの話聞いて、店長いい人だなってなってなって!好かれたかったんだよ!」

「最低ですね。じゃあ私の心配なんて・・」

「してない!むしろ忙しくなられても!入れるバイトの人数減っちゃうし!好感度上げたいだけ!」

「急にすごい本音言うじゃないですか!今むしろどんどん好感度下がってますよ?」

「あー、クソ!じゃあせめて噂だけでも流してくれない?落ち込んでたらコーヒーとか買ってきてくれて、話聞いてくれようとしたって!優しかったよって!」

「ホント最低ですね!もういいです!帰りますから!」

マユミは立ち上がった。すると店長は笑った。

「俺の前では強がるなって!」

「そのワード気に入ってるんですか!?だいぶキモいですよ!?」

「正直になれって!」

マユミは店長の頬を思い切りビンタした。

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