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#626 隠れ家カフェ開いた男

マツダはようやく探し当てた店の扉を開いた。

「いらっしゃいませ。」

元同僚のミヤモトが一人でグラスを磨いていた。

「おー、やっと見つけたわ。ここにあったのか。」

「来てくれたんだね。ありがとう。」

「めちゃくちゃわかりずらかったんだけど。公園のプレハブだと思ってその周りずーっとウロウロしちゃったんだけどさ、まさかあそこが店の入り口だったのな。」

「まあなんてったって、隠れ家カフェだからさ。」

「にしても看板も何も立ってねえし。わからないだろ。」

「元々はこの公園の倉庫だったらしいんだけど。もう使わなくなってみたいで、貸してもらったんだよね。家賃めちゃめちゃ安いのよ。」

「へえ。にしても店内の雰囲気めっちゃいい感じじゃん。本当に隠れ家って感じするよ。」

「そこのコンセプトはすごいこだわってるからさ。なに飲む?」

「じゃあアイスコーヒーで。」

「はいよ。」

ミヤモトはキッチンでコーヒー豆を挽き始めた。

「おー、結構似合ってんじゃん。カフェのマスター。」

「そうかな。」

「羨ましいよ。あんなむさ苦しいオフィスと比べたら天国だな。俺も脱サラして、店でも始めようかな。」

「え?」

ミヤモトは出来上がったアイスコーヒーをマツダの目の前に置いた。

「はい、アイスコーヒー。で、何の店やんのよ?」

「冗談だよ。どうなの店の方は。順調?」

「いや、見たらわかるだろ。」

ミヤモトは誰もいない客席を見ながら寂しそうに言った。

「今日もお前が一人目の客だよ。」

「え、マジ?」

マツダが視線をやった時計の針は、午後3時を刺していた。

「なんなら今週初めての客。」

「え、今日もう金曜日だよ。」

「ああ。せっかく店の雰囲気とか、コーヒー豆とかもこだわってるのに。何でだろうな。」

「いや、隠れすぎてるからじゃない?」

「え?」

「いや、いくら隠れ家カフェとは言えさ、さすがに隠れすぎじゃない?ここ。」

「そうか?」

「だって入り口が公園の中に建てられてるプレハブだよ?看板とかも立ってないし。誰もここにカフェがあるなんて気づかないよ。」

「まあ、隠れ家だからな。」

「そうなんだけど。隠れ家カフェって別に本当に隠れてるわけじゃないから。これじゃあただの隠れ家じゃん。そりゃ客入らないよ。」

「でも俺隠れ家っていうコンセプトにはこだわってるから。」

「そうかもしれないけどさ。」

「普通の人は絶対に潜入できない、組織の隠れ家をイメージしてるんだよ。なんかああいう場所ってワクワクするだろ?だから簡単に見つけられちゃ困るんだよ。」

「それ店としてダメだろ。」

「でもこれでも妥協してるんだぜ?元々は埠頭のコンテナで22時以降限定でやろうとしてたんだけど。さすがにそれじゃあ誰も来ないかなってことで、ここにしたんだ。」

「結果今も来てねえじゃねえかよ。」

「まあ、そうなんだけどさ。」

「せめて店の前に看板置くとか、呼び込みとかしろよ。」

「お前さ、隠れ家の前で呼び込みするって本末転倒どころじゃねえぞ。」

「しょうがないだろ。」

「俺さ、口だけの隠れ家にはなりたくねえんだ。」

「言っとくけど他の隠れ家カフェは全部口だけだぞ?本当に隠れてるのここだけだからな?」

「そもそも俺は原因は他にあるって思ってるんだよ。」

「いや絶対隠れすぎてるからだって。」

「いや。やっぱり紹介制っていうのがよくないのかなあ。」

「え、紹介制なの!?」

「え?」

「店が隠れてる上に紹介制なんだ!?」

「うん。一見さんお断り。」

「それまじで誰が来るんだよ。誰も来ないだろ。」

「でも隠れ家だから。」

「バカかよ。いいか?いくら味が美味しくたって、店の雰囲気が良くたって、そこに店があるのがわからなかったら誰も来ないんだよ?もっと店の告知とかしろよ。」

「俺だって本当はしたいよ!!!」

「え?」

「でもなんか自分で意地になっちゃってて。」

「は?」

「俺先月から、ウーバーイーツでバイト始めたんだ。」

「えぇ!?」

「先月の収入ほぼウーバーイーツだよ。でもそれでもやっていけるんだ。ここ家賃が死ぬほど安いから。」

「何やってんだお前。」

「だから俺もう今の肩書き、カフェのマスターじゃなくて、公園のプレハブの地下に住んでるウーバー配達員なんだよね。」

「脱サラした意味ねえじゃねえか。」

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