![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/99727906/rectangle_large_type_2_05f2bd569ed752e97303e0fe9f0d7555.png?width=1200)
#626 隠れ家カフェ開いた男
マツダはようやく探し当てた店の扉を開いた。
「いらっしゃいませ。」
元同僚のミヤモトが一人でグラスを磨いていた。
「おー、やっと見つけたわ。ここにあったのか。」
「来てくれたんだね。ありがとう。」
「めちゃくちゃわかりずらかったんだけど。公園のプレハブだと思ってその周りずーっとウロウロしちゃったんだけどさ、まさかあそこが店の入り口だったのな。」
「まあなんてったって、隠れ家カフェだからさ。」
「にしても看板も何も立ってねえし。わからないだろ。」
「元々はこの公園の倉庫だったらしいんだけど。もう使わなくなってみたいで、貸してもらったんだよね。家賃めちゃめちゃ安いのよ。」
「へえ。にしても店内の雰囲気めっちゃいい感じじゃん。本当に隠れ家って感じするよ。」
「そこのコンセプトはすごいこだわってるからさ。なに飲む?」
「じゃあアイスコーヒーで。」
「はいよ。」
ミヤモトはキッチンでコーヒー豆を挽き始めた。
「おー、結構似合ってんじゃん。カフェのマスター。」
「そうかな。」
「羨ましいよ。あんなむさ苦しいオフィスと比べたら天国だな。俺も脱サラして、店でも始めようかな。」
「え?」
ミヤモトは出来上がったアイスコーヒーをマツダの目の前に置いた。
「はい、アイスコーヒー。で、何の店やんのよ?」
「冗談だよ。どうなの店の方は。順調?」
「いや、見たらわかるだろ。」
ミヤモトは誰もいない客席を見ながら寂しそうに言った。
「今日もお前が一人目の客だよ。」
「え、マジ?」
マツダが視線をやった時計の針は、午後3時を刺していた。
「なんなら今週初めての客。」
「え、今日もう金曜日だよ。」
「ああ。せっかく店の雰囲気とか、コーヒー豆とかもこだわってるのに。何でだろうな。」
「いや、隠れすぎてるからじゃない?」
「え?」
「いや、いくら隠れ家カフェとは言えさ、さすがに隠れすぎじゃない?ここ。」
「そうか?」
「だって入り口が公園の中に建てられてるプレハブだよ?看板とかも立ってないし。誰もここにカフェがあるなんて気づかないよ。」
「まあ、隠れ家だからな。」
「そうなんだけど。隠れ家カフェって別に本当に隠れてるわけじゃないから。これじゃあただの隠れ家じゃん。そりゃ客入らないよ。」
「でも俺隠れ家っていうコンセプトにはこだわってるから。」
「そうかもしれないけどさ。」
「普通の人は絶対に潜入できない、組織の隠れ家をイメージしてるんだよ。なんかああいう場所ってワクワクするだろ?だから簡単に見つけられちゃ困るんだよ。」
「それ店としてダメだろ。」
「でもこれでも妥協してるんだぜ?元々は埠頭のコンテナで22時以降限定でやろうとしてたんだけど。さすがにそれじゃあ誰も来ないかなってことで、ここにしたんだ。」
「結果今も来てねえじゃねえかよ。」
「まあ、そうなんだけどさ。」
「せめて店の前に看板置くとか、呼び込みとかしろよ。」
「お前さ、隠れ家の前で呼び込みするって本末転倒どころじゃねえぞ。」
「しょうがないだろ。」
「俺さ、口だけの隠れ家にはなりたくねえんだ。」
「言っとくけど他の隠れ家カフェは全部口だけだぞ?本当に隠れてるのここだけだからな?」
「そもそも俺は原因は他にあるって思ってるんだよ。」
「いや絶対隠れすぎてるからだって。」
「いや。やっぱり紹介制っていうのがよくないのかなあ。」
「え、紹介制なの!?」
「え?」
「店が隠れてる上に紹介制なんだ!?」
「うん。一見さんお断り。」
「それまじで誰が来るんだよ。誰も来ないだろ。」
「でも隠れ家だから。」
「バカかよ。いいか?いくら味が美味しくたって、店の雰囲気が良くたって、そこに店があるのがわからなかったら誰も来ないんだよ?もっと店の告知とかしろよ。」
「俺だって本当はしたいよ!!!」
「え?」
「でもなんか自分で意地になっちゃってて。」
「は?」
「俺先月から、ウーバーイーツでバイト始めたんだ。」
「えぇ!?」
「先月の収入ほぼウーバーイーツだよ。でもそれでもやっていけるんだ。ここ家賃が死ぬほど安いから。」
「何やってんだお前。」
「だから俺もう今の肩書き、カフェのマスターじゃなくて、公園のプレハブの地下に住んでるウーバー配達員なんだよね。」
「脱サラした意味ねえじゃねえか。」