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#628 インドカレー屋の男
「ナン、オカワリ、ダイジョウブ?」
頭にターバンを巻き、口髭をたくわえた店員が片言の日本語で客に尋ねた。
「あ、もうこれだけで大丈夫です!」
「ダイジョウブネ?」
「いやー店員さん。ここのカレーめちゃめちゃ美味しいですね。僕が探し求めてた味ですよ。」
「ホントニィ?ウレシイネ!」
「実は僕ね、大学時代に自分探しの旅でインド行ったことあるんですけど。その時に食べた本場のインドカレーの味がどうしても忘れられなくて、似たようなカレーをずっと探してたんですけど。ようやく見つけましたよ。」
「イヤー、ウチノカレー、フツウダヨ!」
「いやいや!今までこういうインドカレー屋さん何軒も回ってきましたけど、どれも日本人の口に合わせてあって本場の物とは違ったんですよ!もう日本ではあの味に会えないのかと思ってたんで!感動しました!」
「アリガトネ!ラッシー、オカワリイル?」
「あ、じゃあお願いします!」
「チョットマッテテネ!」
店員は一度キッチンへ戻ると、ラッシーの入った容器を持って戻ってきた。
「ハイ、ラッシーオカワリネ!」
そう言って店員はテーブルの上のコップにラッシーを注ごうとしたが、足を滑らせて手に持っていた容器を客にこぼしそうになってしまった。
「うお、あぶね!大丈夫ですか!こぼれてないですか?」
慌てた店員は、突然日本語の発音が流暢になった。
「大丈夫ですか?こぼれちゃってないですか?」
「え?」
「あ・・・」
「え、日本語普通に喋れるんですか?」
「エ?」
「今喋れてましたよね?」
「イヤ・・・ソンナコトナイヨ!」
「いやいやいや!今喋れてたじゃないですか!」
「・・・シャベレテタ?」
「いやいや、なんで?怖いんだけど!」
「ナニガ?ドシタノ?」
「あ、ゴキブリ!」
「え、どこ!?ゴキブリどこ!?」
慌てた店員は再び日本語の発音が流暢になった。
「やっぱ喋れてるじゃん!」
「エ?・・・・ナニ?」
「え、もしかして・・・キャラでやってる?」
「ナニガ?」
「本当は日本語ペラペラだけど、よりインド感出すためにわざとカタコトで喋ってる?」
「・・・ナニイッテル?」
「絶対そうじゃん!本当はペラペラなんじゃん絶対!普通に日本語喋れるんでしょ?」
「ナニイッテル?」
「いや、いいって!もう本当のこと言いましょ?」
「ウソ、ツイテナイヨ!」
「話せるんですよね?」
「シラナイホウガ、イイコトダッテ、アルヨ!」
「もうそれが答えじゃん!喋れるんでしょ?本当のこと言いましょ、喋れるんでしょ!」
「あー、もううるせえなあ!!!」
店員は流暢な日本語で叫んだ。
「なんだよ、しつけーな!もうじゃあ全部言ってやるよ!俺日本人だよ!」
「えぇ!?日本人!?」
「おう!」
「日本語ペラペラなインド人とかじゃなくて、日本人!?」
「そうだよ!インド人風に見せてる、若干インド人風の顔した日本人だよ!」
店員はそう言いながら、頭に巻いたターバンを取った。
「あ、確かにこう見たら日本人かも。」
「マツダ コウスケです。」
「めっちゃ日本人じゃん!え、なんでインド人のフリしてたんですか?」
「その方が雰囲気出るからだよ!」
「あ、やっぱり。」
「元々は普通にやってたんだよ!でも、全然繁盛しなくて!色々考えた結果、ダメもとで陽気なインド人のキャラでやってみたら、それがウケて!それからはずっとこのスタイルでやってたんだよ!」
「あ、そうなんだ。」
「こっちサイドは儲かる、客サイドは本場っぽい雰囲気が味わえるっていう、お互いの一番気持ちのいいところでやってたのにさ!余計なことしてんじゃねえよ!」
「余計なことって!客を騙してたのはそっちでしょ!」
「騙してねえだろ!別にこっちからインド人とは一言も言ってないし!なんなら日本人がイメージするステレオタイプのインド人像を演じてたわけだから!見方によっては本物のインド人よりインド人だぞ?」
「どういう意味!?」
「なーにが探し求めてた本物のインドカレーだよ!俺そもそも日本から出たことねえっつうの!」
「えぇ!?インドに住んでたこととかもないの?」
「まあね!パスポート作ったこともないし、なんなら飛行機乗ったことすらない!」
「え、じゃあこれは・・・・なに?」
「日本人が作る、日本人好みの、インド風カレーだよ!なんか言ってたねえ!どこも日本人の口に合わせてあるって!ここが一番日本人の口に合わせてある!」
「マジかよ・・・。」
「言ったでしょ?・・・・シラナイホウガ、イイコトダッテ、アルヨ!って。」