#644 しまってほしい男
「こちらの物件なんかいかがでしょうか?」
女の店員はそう言って物件情報が書かれた紙を机の上に置いた。
「こちら駅前ビルの一階で、以前も飲食店が入っていた物件なんですね?立地にしては家賃も高くないですし、非常におすすめなんですけれども。」
女の店員の提案に、男は黙って考え込んだ。
「んー、やっぱりここも違いますかねえ。」
「あ、あの…。」
女の店員が次の物件を探そうとした時、男が言った。
「あの…一回その胸の膨らみしまえます?」
「………はい?」
「あの…真面目に物件選びしたいんですけど…お姉さんの胸が…あまりにも膨らんでいるので。一旦、そちらをしまっていただくことはできませんか?」
「ちょっとごめんなさい。なにをおっしゃってるのですか?」
「本当ごめんなさい!もう物件のことが考えられなくて!」
「は?」
「あの!まず大前提として!なんていうかあなたに対する下心が無いということを理解していただいた上で聞いて欲しいんですけど!」
「はい?」
「あなたのその胸の存在感は…ビジネスの場にふさわしくない!」
「は!?」
「自分の店の物件を決めるっていう、僕からしたら今人生の大事な瞬間なんです!なのに、今僕の脳内は、あなたのせいで、おっぱいという4文字で埋め尽くされてます!」
「いや、ちょ!!」
「下心はありませんから!!!!先ほども言った通り!!!!僕に下心は無いです!!!!その証拠に!!!僕はあなたのこと全然タイプじゃありません!!!!」
「なんですか、失礼な!」
「ごめんなさい!わかってほしくて、つい!で、一応確認ですが、あなたに下心はありますか?」
「あるわけないでしょ!」
「色気で契約を取るっていう手法ですか?」
「そんなことしませんよ!」
「じゃあなぜそんなにお胸を出してるんですか?」
「別に出してませんよね?普通のオフィスカジュアルですよ?」
「だったらそんなにピチピチのニットを着る必要ないだろ!」
「え?」
「いいですか?ピチピチのニットは………裸でいるのと一緒なんです!!!」
「違うでしょ!」
「いや、むしろ色々と想像できるという部分を考えると、裸より上です!」
「なに言ってるんですか?」
「もうさっきから、そのニットの下はどうなってるんだとか、良からぬ想像ばっかしちゃって!」
「ちょっと!!」
「いや下心はありませんから!!!!」
「それ言えば許されるとかないですからね?」
「いや、とにかく!あなたのせいで冷静な判断ができないんですよ!正直この物件に決めちゃいたいって思ってます!」
「じゃあいいんじゃないですか?」
「でも、今あなたの胸の魔法にかかってるせいかも知れないから!」
「胸の魔法!?」
「胸込みでいいと思っちゃってる可能性あるので!胸なしのフラットな状態で物件を判断したいんです!」
「そんなこと言われても。どうしたらいいんですか?」
「なんか着替えてきてもらうこととかできませんか?」
「………わかりましたよ。ちょうど今、白いブラウスならロッカーにあると思うので。」
「白のブラウスもダメでしょうが!!!!」
「は!?」
「なんだあんた!変質者か!?」
「それはこっちのセリフです!」
「いいですか?白のブラウスっていうのは、見方によっちゃあ、ニットより裸だ!!!」
「ずっとなに言ってるんですか?」
「ちょっとごめんなさい!今日は一旦帰って、また後日来る感じでもいいですか?」
「ええ。」
「その時は、担当者変えてください。なんかもう、あなたがどんな服着てても胸がちらつくと思うので。膨らんでても見ちゃうし、膨らんでなくても見ちゃう!」
「もうあなたアウトですよ?」
「今日のところは失礼します。」
「はい。」
「あ、やっぱり最後に!一回マジマジと胸を見てもいいですか?いや、下心はありませ…」
女の店員は、男の頬を思いっきりビンタした。