
#642 諦めないでほしい男
ピンポーン
日曜日の午前中、マサルの部屋のインターホンが鳴った。
「はい。」
マサルが部屋を開けると、そこには白髪の男が立っていた。
「あ、あなたは…。」
「もうワシのことを忘れてしまったかな?」
「いいえ。雲龍先生ですよね?なぜここに。」
「いやあの〜…最近うちの工房の前に立ってないから。」
「は?」
「この前まで毎日うちの工房の前に立って、ワシの仕事終わりに弟子入りさせてくれって頼みに来てたじゃないか。それなのに、なんか急に姿見せなくなっちゃったから。」
「え?」
「だから………来ちゃった。」
雲龍先生は恥ずかしそうに言った。
「え、どういうことですか?」
「何か事故に遭ったりしてなかったということで、ひとまず安心しています。」
「いや、安心していますじゃなくて。え、僕が弟子入り志願しに来なくなったから会いに来たんですか?」
「うん。寂しくて。」
「は!?」
「いなくなってわかった。また弟子入り志願しにきてほしい。」
「どういう状況!?いやいや、元はと言えば僕が何週間も弟子入りしてきたのに断ってたのは先生の方じゃないですか!」
「そりゃこっちサイドはそうするでしょ!君の本気度確かめたいし!それになんか簡単に弟子取っちゃったらさ、そういう陶芸家だと思われちゃうじゃん!」
「そういう陶芸家ってなんですか!」
「誰でも弟子にしちゃう軽い陶芸家だって思われちゃうじゃん!」
「思いませんよ!」
「こっちは言い訳を作りたいだけなんだよ!こんだけ断ったけど、しつこかったからもうしょうがないかーってやりたいの!」
「そんなこと考えてたんですか!?」
「君は陶芸家心をなにもわかってないよ!」
「職人感全然ないじゃないですか!」
「いや、ワシもこんなことしたくなかったよ。でも久々の弟子入り志願で嬉しかったのに。来なくなっちゃったから。つい。」
「え、ていうかそもそも僕の家とか教えてませんよね?なんで知ってるんですか?」
「君、ツイッターでワシに弟子入り断られたこと呟いてたよね。」
「え?」
「エゴサしたら君のツイート出てきてさ。」
「エゴサとかするんですか!?」
「雲龍先生ってエゴサしたら、今日も雲龍先生に断られたっていう君のツイート見つけて。呟いてくれてありがと。」
「なんかどんどんイメージ崩れてくんですけど!」
「そこから君のアカウントに飛んで、過去のツイートとかから特定して今ここに立ってるってわけ。」
「怖いんですけど!」
「ねえ、お願いだよ!またうちの工房の前に立っててよ!」
「いやですよ!」
「今諦めちゃっていいの?もうちょっとで弟子になれるかもしれないんだよ?」
「なんですかその感じ!」
「お願いだって!雨の日も傘ささずに立っててくれてたじゃん!絶対に諦めませんって言ってくれてじゃん!雲龍先生以上の陶芸家はいないって言ってくれたじゃん!ワシ、あの後嬉しくて1人で泣いたんだお?」
「気持ち悪いな!もう帰ってください!」
マサルは雲龍先生を突き飛ばした。
「なにするんだよ!」
「もう帰ってくれ!俺はなあ、もう他の陶芸家の弟子になったんだよ!!」
「………え?」
「あんたが弟子にしてくれないから、他の先生のところに行ったんだよ!」
「なんでそんなことを……。」
「その日のうちに簡単に弟子にしてくれたよ!あんたと違ってな!」
「そんな軽い陶芸家やめた方がいい!ちゃんと名のある陶芸家なのか?」
「萬斎先生だよ!」
「萬斎……!!萬斎は元は俺の弟子だぞ!!」
「萬斎先生はすごく優しくしてくれるよ。初日からなんでもやらせてくれたし、全部手ほどきしてくれる。もう俺は萬斎先生の弟子なんだ。」
「くそう!!!」
雲龍先生はその場でひざまずいた。
「でもワシはあんたのこと諦めんからな!」
「え?」
「明日からも毎日ここに立ってていいか?俺の弟子になってくれるまで!」
「絶対やめてください!」