#255 科学の力を信じすぎた男
「さあ、始まりました!ビッキー教授のサイエンスチャンネル!今日が、これ何本目だ?・・3本目かな?まあいいや、是非チャンネル登録と高評価の方お願いしますねー!さ、今日の実験なんですが・・その前に!まずはこちらの動画をご覧ください!」
「はい、一回止めます。」
カメラマン兼ディレクターのマッツーが合図を出した。
「今のコメント終わりで、外国人のテーブルクロス引きの動画を挟むので。じゃあそれ流れた後からいきましょうか!」
「おっけー。」
「じゃあカメラ回ってるんで、どうぞ!」
「いやー、すごかったですね!巨大なシャンパングラスのタワーがびくともしませんでしたね!世界記録レベルです!しかしこのテーブルクロス引きの成功の裏には、やはり科学の力が働いているんです!では早速それを検証していきましょう!レッツ、サイエンス!」
ビッキーは人差し指を立てるお決まりのポーズを決めると、実験台の前に移動した。
「こちらをご覧ください!実際にシャンパングラスのタワーを準備してみました!」
実験台には赤いテーブルクロスが引かれ、その上にシャンパングラスのタワーが立てられていた。
「さあ、それでは実際にこちらの実験台を使ってテーブルクロス引きにチャレンジしていきたいのですが・・。ちょっとこれ低いな。」
ビッキーはシャンパングラスのタワーを不満そうに見つめた。
「これ今シャンパングラス何個使ってるの?」
「これは6個ですね。」
「少ないよね?画に派手さがないよ。なんでこんなに少ないの?」
「まあ難易度的とかを考えた時に、これくらいの方がいいかなって思いまして。」
「いや、大丈夫だよ。科学なんだから。」
「ああ、はい。」
「これの倍いける?」
「倍ですか?」
「うん、倍。その方が派手でしょ?いける?」
「まあ一応、20個レンタルしてるのでまだ余ってはいるんですけど。大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。科学だもん。20個全部いっちゃおう。」
「わかりました。」
マッツーは大急ぎでシャンパンタワーを組み立てた。
「はい、準備オッケーです。」
「はい、ありがとう。」
「じゃあ、続きからお願いします。」
「さあ!それでは実際にテーブルクロス引きに挑戦していきたいのですが!成功させるには、クロスのどの場所を引くかが非常に重要なんです!ここでクエスチョン!引く場所はクロスの真ん中?それとも両端?どちらでしょう!・・・正解は真ん中です!こちらのイラストをご覧ください!」
ビッキーはイラストが書かれている1枚のボードを持ってきた。
「ニュートンの慣性の法則にのっとり、静止しているグラスタワーはその場に留まり続けようとするのです。テーブルクロスを引き抜く際、グラスタワーには2つの力が加わります。クロスと食器の間に起こる摩擦力と、クロスが波打ちながら動くことで起こる力です。クロスの真ん中を掴み勢いよく引き抜けば、クロスは滑らかに動きます。その結果グラスタワーにかかる摩擦力は小さくなるため、グラスタワーは実験台の上に留まります。つまりテーブルクロス引きを成功させるために最も重要なのは、クロスの中心部を持つことです。こうやってね!」
ビッキーはテーブルクロスの真ん中を掴んで、勢いよく引き抜いた。
積み上げられたグラスタワーは、派手な音を立てながら崩れ落ちた。床の上に粉々に砕け散るシャンパングラス。その音に驚いたビッキーは思わず勢いよく後ずさりした。すると後ろの壁際に置かれていた大きな棚にぶつかり、その衝撃で大きな棚は激しい音を立てながら前方に倒れた。その際に近くにあった観葉植物を巻き込み、巻き込まれた植物は真っ二つに折れ、鉢の中にあった土は辺り一面に散乱した。
「ああああああああ!!!!」
そのあまりの惨状に、マッツーは大きな声を出すことしかできなかった。
「ビッキーさん大丈夫ですか!!」
マッツーは慌ててカメラを止め、床にうずくまっているビッキーの元へと駆け寄った。
「ビッキーさん?」
マッツーが問いかけると、ビッキーはゆっくりと立ち上がり右手で自らの目の辺りを覆った。
「ビッキーさん大丈夫ですか?」
「・・・」
「ビッキーさん?」
「・・・」
「大丈夫ですか?」
「・・・」
「え、なんで何も言わないの?」
マッツーが耳を澄ますと、ビッキーからかすかに鼻を啜る音が聞こえてきた。
「え、泣いてます?」
ビッキーは首を横に振った。
「泣いてますよね?」
ビッキーはもう一度首を横に振った。しかし顔を覆っている手の隙間から、一筋の涙が頬を伝っているのが見えた。
「え、大丈夫ですか?」
「・・・弁償だよね?」
「え?」
「この・・グラスとか・・棚も観葉植物も・・レンタルスペースの物だから。いくらかかるんだろうぅ・・。」
「・・・一旦考えるのやめましょ?」
「なんでこうなっちゃうのぉ〜・・科学なのにぃ・・。」
「まあテーブルクロス引きやるの初めてでしたもんね?」
「でも科学なんだよぉ?おかしいよぉ・・。」
「じゃあもうこうしましょうか!あの大惨事を全部余すこと無く動画にしちゃって、おもしろ動画としてアップしましょうよ!案外そういう動画の方がバズるかも知れませんよ!」
「俺はそういうぬるい動画は出したくない・・。」
「は?」
「その動画に科学はあるのか?むしろ僕の科学を否定されてるようなもんだよ。それだけは絶対に嫌だね!」
「なんで尖ってんだよ!」