#650「狙ってくる教官」
ジュンイチは修了検定を受けるために、指定された教習車の前に向かった。
教習車の前には髪の短いおばさんの教官が立っていた。
「え、やだ!!!」
ジュンイチの顔を見るなり女の教官は叫んだ。
「え、なんですか!?」
「………どタイプ!」
「は!?」
「どうしよう!!髭が生えてる顔の濃い30代来ちゃった!大好物来ちゃった!」
「え、あ、」
「あ、あの!今日担当させてもらう…教官のマツイです。気軽にクミコって呼んでください///」
「え?クミコさんって呼んだらいいんですか?」
「いや!キャ!なに!え!」
「え、え、え、なんすか!」
「辞めてよ急に!響いちゃうじゃん!でも…呼び捨てにされる方が好きかも///」
「いや知らないですけど。僕今から修了検定なんで。仮免許取るための試験受けたいんで。いいですか?」
「あ、ごめんなさい。」
ジュンイチは運転席に乗り込んだ。
「あ、いや、うふん。」
クミコは助手席の扉の前でモジモジしている。
「何してるんですか!?」
「どタイプの助手席乗ったら心臓のサイドブレーキ外れちゃいそうで!」
「あの、仕事してもらっていいですか!?」
「ごめんなさい!」
クミコは助手席に乗り込んだ。
「……どこ行く?」
「いやどこにも行かないです。修了検定やってもらっていいですか?」
「一緒に海が見たい!」
「知らないですよ!僕まだ仮免許も持ってないから路上も出れませんし!ちゃんとやってくれないなら教官代わってもらっていいですか?」
「ごめんなさい。私、恋愛は免停中で。」
「……どういう意味!?わかりそうでわからないけど。」
「何年間も心のサイドブレーキかけっぱなしだったのに、どタイプ来ちゃったから心のハザードランプが止められなくて。恋のポンピングブレーキの踏み方忘れちゃった!」
「車の例えうるさいですね!」
「キープ…レフト!」
クミコはジュンイチに体を寄せた。
「何してるんですか!そもそもこっちはレフトじゃなくてライトでしょ!」
「ごめんなさい!つい!」
「もうやめてくださいよ!俺には嫁がいるんです!」
「既婚者の方が好き。」
「もうどうすりゃいいんだよ!」
「髭の生えてる顔の濃い既婚者エロすぎ。」
「もう車降りてもいいですか?」
「え、修了検定やらないの!?」
「やりたいけど!お前のせいでできないんだろうが!」
「罵倒してくれてありがとう!」
「全部養分にされちゃう!もうどうすりゃいいの!?」
「じゃあ修了検定始めていきましょう!シートベルトつけまーす!」
クミコはジュンイチのシートベルトを降ろすフリをして抱きつこうとした。
「何してるんですか!!!」
ジュンイチはクミコを振り払った。その時、ジュンイチの手がクミコの大きな胸に触れてしまった。
「あっ……ごめんなさい。」
「いや……いいの。」
車内に微妙な沈黙が流れた。
「とりあえず、教習所内を一周してもらっていい?」
「あ、はい。」
ジュンイチは車のアクセルを踏んだ。車内に沈黙が流れたまま教習所内を走らせた。
「僕の妻、浮気してるんです。」
「……え?」
「それも僕の会社の上司と。あ、ごめんなさい。急に身の上話しちゃって。興味ないですよね。」
「いや、いいの。」
「……海、僕も見たいかもなあ。クミコさん。」
「キャ!」
「ダメですか?」
「………みんなには、内緒だよ?」
「修了検定ってもちろん不合格ですよね?」
「うん。でも、嬉しい。」
「また受け直さないとか…。」
「でもそのおかげでまた会えるね。」