#612 やってる男
とある町の食堂では、グルメ番組のロケが行われていた。
「さあ、というわけでまだ誰も知らない本当に美味しい店。本日の2軒目は青た食堂さんにお邪魔しております。おかあさん、本日はよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
店主のおばさんは笑顔で頭を下げた。
「なんだかすみません。ウチに取材なんか来てもらって。」
「いやいや、もうこちらのお店は美味しいと巷で評判ですから!」
「本当ですか〜?」
「いや、本当ですよ。というわけでね、おかあさん。早速注文したいんですけど。聞いたところによると、常連さんたちが必ず頼むものがあるそうですね?」
「唐揚げです。」
「唐揚げですか!!!最高ですね!!!」
「それとおひたしですね。」
「いや、ちょっと待ってくださいよ!!!最高ですね!!!じゃあその二つをお願いします!!!」
「かしこまりました。」
店主はキッチンに戻った。
「いやー、それにしてもなかなか年季が入って味のある食堂ですね。おかあさん、このお店は何年くらいやられてるんですか?」
「もう前の店主の頃から数えると、40年近くやってますねえ。」
「40年!?そんなにやられてるんですか!ほら、カメラさん見てください。壁に貼られてるメニュー!いやー、こんな雰囲気が良くて気さくな女将さんがいる食堂。そりゃ通っちゃいますよねえ。」
「はい、お待ちどうさま〜。」
店内を眺めていると、料理が運ばれてきた。
「唐揚げとおひたしになります。」
「うわー、美味しそう!見てください!この美味しそうな唐揚げ!」
「うふふ。普通のどこにでもある唐揚げじゃない。」
「いやいやいや!こんな美味しそうな唐揚げはなかなかありませんよ!そしてこちらのおひたしもまた美味しそうで!」
「季節ごとにお野菜変えてて、今は野沢菜を使ってます。」
「野沢菜のおひたしですか!最高ですね!おかあさん、絶対美味しいやつじゃないですか!!!!」
「うふふ。そんないいのよ、普通のやつなんで。どうぞ食べて?」
「ありがとうございます。では、早速いただいてみます!じゃあまずは唐揚げからいきましょうかね?ほら、見てください!この大きさ!いただきまーーす!!!」
リポーターは大きな一口で唐揚げに齧り付いた。
「んーーーー!!!!!美味しい!!!!」
リポーターは大きな声で叫んだ。
「もうなんですかこれ、肉汁が・・!!うわ、ちょっと!噛めば噛むほど旨味が出てきて!もう・・・美味しいー!!!!」
「ありがとうね、やってくれて。」
「はい?」
「いや、すごいやってくれてるからなんか申し訳なくなっちゃって。」
「おかあさん。やってくれてるってなんですか?」
「すごい頑張ってやってくれてるじゃない?大きい声とか出して、ねえ。」
「あんまそういう言い方しないでもらっていいですか?」
「今までテレビとかで見たことはあったけど、生で見るとこんなにやってるのね。唐揚げ食べながらあんな大きい声出してる人初めて見ました。ありがとうございます。」
「なんかやりづらいなあ。」
「ねえ、こんな普通の唐揚げで大変でしょ?すごいですね。前のお店でもこれぐらいやられてたんですか?」
「いや、おかあさん!やってとかじゃないですから!」
「え?」
「本当に美味しいだけです!素直な気持ちを言ってるだけなんで!」
「うふふ、そうよね。そう言うしかないもんね。」
「いや、本当に。」
「なんかごめんなさい。私すごい野暮なこと言っちゃったわね。初めて生のやってる人見て興奮しちゃって。あなた今お仕事で頑張ってるのにね。ごめんなさい、何も言わないんで。思う存分やって?」
「・・・。」
「どうぞ、食べて。」
「・・・えー、さあ!それではね、次はおひたしの方を食べていきたいと思います!いやー、美味しそうですねえ!」
「うふふ。」
「それでは早速いただきます!!!」
リポーターはおひたしを一口食べた。
「んーーーー!!!!いや、これは沁みるなああ!!!」
「うふふ。」
「なんですか、この優しい味わいは!!!」
「うふふ。」
「野沢菜の甘みがすごいでてて、もう最高!!!!」
「うふふ。」
「やりづらいなあ!!!」
「はい?」
「なんでずっとニヤニヤしてるんですか!」
「だって、ねえ。ちょっと恥ずかしがりながらやってるから愛くるしくて。」
「おかあさんのせいですよ!?」
「ごめんなさい。でもなんか・・おひたしで、あそこまでいけるんだあって。」
「やめてくださいよ!!!」
「プロってすごいなーって。」
「なんかもう変な汗かいてきましたよ。」
「あ、大丈夫ですか?今おしぼり持ってきますね?」
「え、いやいや。」
「はい、どうぞ、おしぼりです。」
「・・・え?」
「どうぞ。」
「・・・すみません、わざわざ。いやーーー!!!!おしぼりがあったかい!!!これで顔をね・・・いやー!!!!生き返るなあ!!!最高だ!!!」
「すごーい。」
「もうやめてくれ!」