
#581 3分経っちゃった男
「ふぅー、よしっと!」
オフィスに戻ってきたノムラは、コンビニの袋とお湯が入ったカップラーメンをデスクの上に置いた。
コンビニでお湯を入れてから、オフィスに戻るまで2分。袋から取り出した野菜ジュースを飲みながら、残りの1分が過ぎるのを待とうとした。
すると、そこに上司のハヤシがやって来た。
「ノムラ、ちょっといいか?」
「はい?」
「昨日さ、仕事終わりにフクイさんと俺と飲みに行っただろ?で、その時フクイさんが全部ご馳走してくれたじゃんか。」
「ああ、そうですね。」
「お前、今日フクイさんに改めてお礼言ったか?」
「いえ・・。」
「だよな?言わないと、そこは。礼儀だから。今日会社出勤してきた時に、改めて昨日はご馳走様でした。またお願いしますって。そういうの言わないと。」
「すみませんでした。」
「いや、そんなことどうでもいいじゃんって思ってるかもしれないよ?ただ、これって社会人として必要な礼儀だから。そういうことができないと、他所に行った時に、お前が失礼な人間だって思われちゃうんだよ。俺は、そうなってほしくないから言ってるんだよ。」
「ありがとうございます。」
「結局仕事って、人と人の繋がりだから。仕事できるだけじゃダメなのよ。人としてもっとこの人と付き合っていきたいなって思えるような・・」
ハヤシが一生懸命に喋っていたが、ノムラはカップラーメンの蓋を開け、勢いよく食べ始めた。
「え、なんでなんで!?」
「・・・はい?ズルル」
「おい、食べんな!食べんなって!」
「はい?」
「はい?じゃねえよ!なにカップラーメン食べちゃってんのよ!」
「いや、3分経ったんで!」
「3分経ったんで、じゃないよ!今先輩が話してるだろうがよ!話してる途中に飯食べねえだろ!」
「でも麺伸びちゃうんで!僕、固めが好きなんですよ!」
「知らねえよ!そういうところだよ!お前のそういうところが、ダメなんだよ!」
「その話今じゃなきゃダメですか?」
「は?」
「食べ終わってからじゃダメですかね!?」
「なんだお前・・。」
「その話、別に今すぐに言わなきゃいけない話じゃないですよね!?言っておきますけど、僕だってちゃんとこの件に向き合おうとはしてるんで!ただ、今の僕はカップラーメンに向き合ってるんです!だから、このカップラーメン終わってからにしてもらえませんかね!!ズルル」
「マジで食うのやめねえんだな!」
「そりゃそうでしょ!一番ベストな状態で食べてあげることが、このカップラーメンへの礼儀なんで!」
「なんでカップラーメンに対しての礼儀はちゃんとしてんだ!ちょっとマジで一回置け!食べんのやめろ!」
「いや、聞いてるんで!食べながらですけど、聞いてるんで!ズルル」
「いや、そういう問題じゃないんだよ!いいから置けよ!食べるな!」
「あー、もういいっす!じゃあ僕会社辞めます!」
「は!?」
「俺もうこんな会社辞めてやりますよ!」
「いや、お前待てよ!」
「待たないです!ズルル・・俺こんな会社辞めてやりますよ!ズルル」
「お前、大丈夫か?カップラーメンの為に会社辞めんの!?」
「はい!元々不満あったんで、この会社に!ズルル・・・息苦しいんすよ、この会社!こんなところ入ったのが間違いでしたわ!ズルル」
「麺すすりながら、悪態吐いてやがる・・。」
ノムラは悪態を吐きながら、一気にラーメンを食べ、スープも飲み干した。
「・・・・すみませんでした。」
「え?」
「僕、カップラーメンに向き合うあまり、どうかしてました。」
「いや、もう遅いよ。」