#588 喪失感が芽生えちゃった男
「すみません!ごちそうさまでした!」
フジイが店から出てくると、ノムラは頭を下げた。ノムラは右手を上げて応える。
「いやー、この店美味かったっすね!」
酒が回り、頬を赤らめたノムラはご機嫌な口調で言った。
「特にあれ美味くなかったっすか?最初に頼んだスナップエンドウ!びっくりしましたよ!」
「ああ、そうだな。」
「あれ、確か駅はこっちですよね?行きましょうか!」
「いや、俺ここでいいよ。」
「え?電車っすよね?駅まで一緒に行きましょうよ!」
「いや、俺は・・・」
フジイは突然言葉に詰まり、涙を流し始めた。
「え、どうしたんですか!?」
「・・・思ったより高かった。」
「・・・はい?」
「5000円くらいだと思ってたのに・・・レジ行ったら・・12800円で。お財布の中が・・・空っぽになっちゃった・・。」
「え、大丈夫ですか!?僕も半分払いますよ!」
「いや、違うの!そういうつもりで言ったんじゃなくて!なんか、喪失感があったから!」
「喪失感?」
「全部千円札で入ってたの!財布の中に!さっきまで総勢13名の野口さんが財布の中にいたのに!それなのに・・あの一瞬で・・・みんないなくなって、2枚の銀色になっちゃったから・・。」
「・・・お釣りの200円のことですか!?」
「急にみんないなくなっちゃったから、なんかすごい寂しくなっちゃって!なんか友達との旅行から帰ってきた日の夜みたいな気持ち!」
「お金に対してそんな気持ち芽生えます!?」
「俺も驚いてる!でも多分、ここ最近ずっと一緒にいたからかな!13人で色んな店とか行ったけど、キャッシュレス決済ばっかで、いつしかお馴染みの13人になってたから!いるのが当たり前になっちゃってて!それが・・・あの一瞬で・・・2枚の銀色になっちゃうなんて・・。」
フジイは財布の中を見た。
「やっぱり誰もいない・・。」
「そりゃいませんよ!」
「お金って、使ったらなくなるんだね!」
「急に当たり前のこと言わないでください!」
「ATMに行けば、この気持ち少しは楽になるかな!?でも、今ATM行ったらすごい下ろしちゃいそう!使う予定のない5万くらいを全部千円札で下ろしちゃうみたいな!」
「いや、やめた方がいいですよ!てか、もうそろそろ終電出ちゃうんで行きましょ?」
「いや・・・俺はもうちょっとここにいたい。」
「どういう感情!?」
「ここの空気をもう少し吸いたいし、最後にちゃんとお別れの言葉伝えに行きたいから。先帰っててくれ。」
「やめましょ、そんなの!出てった客が戻ってきて、さっき払ったお金にお別れ伝えに来るんですよね?店側からしたら、恐怖でしかないですよ!」
「・・・そうだよな。俺、女々しいこと言ったわ。俺は男らしく、また新しい出会い探すよ。」
「この人酔ったらめんどくさいんだな。」