#260 どうにか無かったことにしようとする男
客の男が本を読みながら待っていると、若い男の店員が料理を運んできた。
「お待たせいたしました。ナポリタンとホットコーヒーです。」
しかし店員が料理をテーブルに置こうとした瞬間、足がもつれて手に持っていたトレイをひっくり返してしまった。
「あっちぃ!!!!!」
店員が持ってきたナポリタンとコーヒーは客のスーツにかかり、大きなシミになってしまった。
「うわ、最悪だ!!!!ふざけんなよ!!!!」
客が怒りの声を上げると、店員は顔面蒼白で立ち尽くしてしまった。
「お前どうするんだよこれ!!!」
「あぁ・・・」
「このスーツ高いんだぞ!最悪だよマジで!しかも本にもコーヒーかかってる!これ人から借りてる本なんだよ!」
「あぁ・・・はあぁあ・・・。」
「あっちぃなマジで!これ完全に手の甲やけどしてるわ!お前どうしてくれるんだよ!!」
「はわわぁ・・・。」
「おい、聞いてんのかよ!どうしてくれんだって言ってんだよ!」
客が詰め寄ると、店員は少し考えてから心を決めた表情で手を叩いた。
「さあ!というわけでね、まあ色々ありましたけども・・。えー、この後もね、営業の方は続いていきますので、どうぞごゆっくりとお過ごしください!本日はありがとうございました!!」
店員はスッキリとした表情で、その場を去ろうとした。
「おい、待て待て待て!!!」
「はい?」
「は!?なに!?どういうつもり!?」
「え?」
「いや、どうぞごゆっくりじゃなくてさ!これをどうしてくれるんだって聞いてるんだよ!!!!」
「・・・はいっ!えー、というわけでね、ご注文の品が揃ったということで!えー、本日の営業が21時までとなっておりますので・・」
「おいおいおい!!!なんだその手法は!!!強引に終わらせようとしてるけど!!!無理だぞ!?」
「はい?」
「ご注文の品が揃ったというわけで、じゃねえんだよ!揃ってねえだろ!!!」
「え?」
「注文の品全部こぼれちゃってんだろって!!!せめて作り直せよ!!!!」
「・・・はいっ!というわけで、大きな声でありがとうございました!えー、この後追加のご注文などあれば・・・」
「それやめろ!!!というわけで、て言えばなかったことになるとか無いからな?」
「え!?」
「魔法の言葉みたいに使ってるけど!無理だぞ!仕切り直せないぞ?」
「・・・なるほど!ね、まだまだ暑い日は続きますが・・。えー、この後も涼しい店内で・・」
「せめて会話しろよ!!もうダメだお前!!店長呼べ!!」
「はい?」
「店長だよ!!この店の!!責任者出せって言ってんだよ!!!」
「はい。」
「いいから呼んでこいよ!!!!」
店員は少し考えた後、頭を下げた。
「はい!ありがとうございます!」
「ありがとうございます!?」
店員は厨房に戻っていった。
そして客は責任者が出てくるのを待った。しかし、しばらく経っても責任者は出てこない。客が店員を呼ぶ用のボタンを押そうとした時、先ほどの店員が厨房から出てきた。
「お会計のお客様お待たせいたしました。えー、お会計が1800円に・・」
店員は何事もなかったかのような表情で、別の客の会計を行っていた。
「おい!!おいおいおい!!!!」
客は店員を呼ぶボタンを連打した。
「はい、少々お待ち下さーい。」
「少々お待ち下さいじゃねえよ!!早く来いよ!!!」
「・・ありがとうございました。」
別の客の会計を終えた店員は、笑顔を浮かべながらテーブルにやって来た。
「はい、ご注文でしょうか?」
「ご注文でしょうかじゃねえよ!!責任者いつ出てくるんだよ!!!」
「はい?」
「責任者だよ!!!呼んでこいって言っただろ!!!」
「・・責任者?」
「いや、なんで忘れてんの!?」
「え、責任者を呼ばれたんですか?どのようなご用件で?」
「お前が料理こぼしたからだろ!!」
「あれ?あ、気づきませんでした!お洋服に料理がこぼれてる!」
「は?」
「大丈夫ですか?スーツが汚れちゃってますけど!」
「お前マジか!!その手法はさすがにやばすぎるって!!」
「はい?」
「お前がこぼしたんだろ!!!」
「え?またまた〜。」
「最悪だ!!!お前マジでやばすぎだろ!!!料理作り直せって!!!」
「あ、すみません。あのー、お客様ご自身でこぼされてますので、追加料金かかっちゃいますけどよろしいですか?」
「やばいってマジで!!!最悪だこの店!!!」
客はテーブルから立ち上がると、厨房の方に向かっていった。
「責任者どこにいるんだ!!!」
「お客様やめてください!!勝手に入らないでください!!」
「どけよお前!責任者どこだよ!」
「警察呼びますよ!!」
「なんでだよ!!」
「警察呼びますよ!!」
2人の声を聞いて、厨房から数名の若い女性スタッフが心配そうに出てきた。
「あ、大丈夫だから!ちょっとやばいお客さんいてさ!」
「やばいわマジで。」
客は呆れたように笑った。
「もういいですわ。帰ります。」
「あのー、お客様。大変申し上げにくいのですが。今後この店には出入り禁止にさせていただいます。」
「・・・逆にすごいね?」
「今後一切この店に近寄らないでください。」
「SNSに書くわ。やばい店あったって。覚えとけよ。」
「・・恐喝ですか?」
「・・・ほんとすごいね。」
客は呆れ笑いを浮かべながら帰っていった。
「・・・あ、お客様!お会計!!!・・食い逃げ犯が出たぞー!!!」