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#261 愛情に溢れすぎてるりんご農家

「では間もなくタレントのジョージがやってまいりますので、流れの最終確認お願いします。」

ディレクターは台本を片手に確認作業を始めた。

「まずジョージがやって来て、ヨシダさん声を掛けます。で、諸々紹介があった後に、りんごを栽培する上でのこだわりとか聞いていきますので。色々お話していただければと思います。」

「はいはい。」

「で、一通りお話を伺ったらジョージが帰ろうとします。そしたらヨシダさんの方から、ウチのりんご食ってくかー!って言っていただいていいですかね?」

「ウチのりんご食ってくかー!」

「あ、もうバッチリです!で、りんごを食べてこちらのロケ終了になります。」

「いやー、これ生放送なんでしょ?緊張するね。」

「大丈夫です!もうホント普段どおり喋っちゃってください!じゃあ、もうジョージ来ますので、よろしくお願いします!」

ほどなくして、ジョージが撮影クルーを連れてやって来た。

「うわー、見てください!木にたくさんのリンゴがなってますよー!あ、あちらにいらっしゃる方にお話伺ってみましょうかね。こんにちはー!」

「こんちは!」

「こちらのリンゴ農園の方ですか?」

「はい。ヨシダ農園の、ヨシダです。」

「ヨシダさんですね!ちょっとお話伺ってもよろしいですか?」

「ええ。」

「ありがとうございます!こちらはなんていう品種のリンゴなんですか?」

「これはね、ふじっていうの。甘みが強くてシャキシャキしてるんだよ!」

「そうなんですね!いやー、たくさんのリンゴが生ってますけども!栽培する上で、何か気をつけてることとかありますか?」

「とにかく大事に育てるってこと!真心を込めてね!」

「なるほど!」

「もう全て自分の子供だと思って接してるんだ!」

そしてヨシダはリンゴに喋りかけた。

「ほら、タレントさん来たよぉ〜。ほらご挨拶して?こんにちは〜って。」

「あ、実際このように喋りかけることでね!愛情のこもった美味しいリンゴになるんですね〜!」

「ほら、こんにちは〜って。言ってごらん?赤くなってるだけじゃダメでしょ?ほら、言ってごらん!こんにちは〜って!ご挨拶は?ねえ!言わないとわからないよ!」

「・・・ヨシダさん。あのー、こちらのリンゴなんですが〜・・」

「なんで黙ってんの!!!!父ちゃんはお前さんたちをそんなふうに育てた覚えないよ!!!恥ずかしいよ!!!親として!!!」

「ここまで本気で自分の子だと思ってるとは・・。すごい・・。」

「ほら、タレントさんに挨拶してごらん!こんにちは〜って!・・・・黙ってないで何とか言いなさい!!!!!」

「え、言葉発することってあるんですか?リンゴですよね?」

「ごめんなさい、タレントさん。なんか今日恥ずかしがってるみたいです。」

「あの、できれば名前で呼んでいただけると〜・・」

「こんなに赤くなっちゃってるんで。」

「いやそういう赤さじゃないと思いますよ!」

「でもこうやって言う事聞かなくてもね、結局可愛いんですよね!バカ親ですわ!私しゃ!ごめんなさいね!!へへ!!」

「いや、まあ謝らなくても大丈夫ですけど。えー、ちなみにもうこれだけ赤くなってるっていうことは、もうすぐ収穫ですか?」

その言葉を聞いたヨシダは言葉に詰まった。

「あれ?どうしました?」

「その話はしないでくれ・・。」

「え?」

「収穫って。俺一番嫌いな言葉なんだ。」

「えぇ・・。」

「収穫ってのはさあ、別れなんだよ。悲しいぜ?心にぽっかり穴が空くんだ。」

「そうなんですね。」

「収穫したらしたでよお、農協の奴らが毎年さらってくんだ。手塩にかけて育てた俺の子を。他所でどんなひでえ目にあってるかわからねえ。あんなひでえことねえよ。」

「・・・ね。えー・・それだけ愛情を込めて、リンゴを作っていると・・いうことでしょうかね。はい。」

「今年こそは収穫したくねえよ・・。」

ヨシダは膝から崩れ落ちた。

「ちょ、だ、大丈夫ですか?」

「収穫したくねえよおおお!!!」

「このお仕事向いてないんじゃないですか?」

あまりの状況に見かねて、ディレクターがカンペを出した。カンペには「しめてください」の文字が書いてあった。

「さあ!ということでヨシダ農園さんにお邪魔しました。ヨシダさん、本日はありがとうございました。」

ジョージがその場を去ろうとすると、ヨシダが悲鳴にも似た声で叫んだ。

「うちのリンゴ食ってくかああああああ!!!!!!!!!」

「・・・え?」

「うちのリンゴ・・・・食ってくかああああああ!!!!!!!!!」

「・・・え、い、い、いいんですか?」

「よくねえよ!!!!」

「は?」

「よくねえけどさ!!!これ言わねえと終わらねえんだ!!!テレビってのは怖い世界だ!!!」

「あ、あの、ちょ、一応これ生放送なんで。」

ヨシダはリンゴに喋りかけた。

「ごめんな!!!父ちゃんもこんなことしたくねえ!!!したくねえけど、テレビのためなんだ!!!ごめんな!!!食われてくれ!!!」

ヨシダはリンゴを一つもぎった。

「うちのリンゴ・・・食ってくかああああああ!!!!!!!!!」

「いや食べれねえよ!」

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